And I Love Her The Beatles 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:Lennon-McCartney。The Beatlesのアルバム『A Hard Day’s Night』(1964)に収録。

The Beatles And I Love Her(アルバム『A Hard Day’s Night』収録 2009 Remaster)を聴く

ポールのボーカルの艶めく落ち着いた色気。ダブルでユニゾンするボーカルが虚ろで空虚で物哀しい。

左側ではボーカルの情緒に対して浸らず・立ち入らず自分の仕事を遂行するアコギのストラミングが確かかつ淡白。この世で最も素晴らしいボーカルトラックとこのアコギストラミングの距離感が美しい。空間があるのです。それぞれに孤独をかかえた人がたまたま同じ都市に居合わせた感じ。

ボンゴの演奏にニュアンスがあります。リンゴの表現の豊かさを映す媒体は必ずしもドラムでなくて良いのです。音量の出るドラムを扱う曲ならではのリンゴらしさもありますが、『And I Love Her』では掌が打面にぶつかるボンゴの質感と、装飾的なリズムの解像度・緻密さに懐の深さを覚えます。クラヴェスの響きがまた澄み渡り、アンビエンス感があって哀しくてたまらない。

クラシックギターの音色がまた極上です。弱起でオープングの顔役たる寡黙なモチーフで印象づけますが、しとしとと都会のカフェの軒に雨が降るようなアルペジオも耽美です。動と静のメリハリある、緊張の糸が1本つながった名演。

ギターソロの歌メロディをなぞる旋律もまたため息が出るニュアンス美です。作曲・編曲面の話ですが、ここの調性・コードの移ろいがすごい。本編(転調前)はEメージャー調だと私は解釈しますが、間奏に突入するときポンと半音上のFメージャー調に行ってしまうのです。

この行き方がまた現実から夢のなかに直接パラシュートするみたいに感じる。突入の直前、Eメージャーの主和音に解決しているのですが、そこから新しい調:FメージャーのⅡmに行くものですから……つまりコードネームでいうとEメージャー→Gmという連結になります。シャープ(4つ)系の世界観から、フラット(1つ)系の世界観にワームホールで移送される気分です。この時空のねじ曲がりで混乱する私の脳処理に、ジョージのメランコリックなギターの柔和な旋律がふりかかります。

目覚めたら私は記憶喪失で、目の前に美しい人がいてその人は私のパートナーだと言い張っている……みたいなフィクションのドラマの主人公になった気分です(謎な比喩でごめんなさい)。

Fメージャー調に行ったのにエンディングがDメージャーの和音で終わるのもまた幻覚的です。FメージャーキーにおけるⅥmの和音、すなわちDmの和音の変化球としてのDの長和音だと解釈でき、理論的にそのおもしろさは十分解釈できるし納得できるのですがその驚くべきスマートな扱いぶり、去り際の淡白さに勝手ながらポール的紳士の美学を見出してしまいます。また会いたいと他人に思われるにはポールを見習おう……となってしまいますね。

“And I Love Her”の主題。その「And」、いらなくないか? は愚かなツッコミです。「And」があることで……「あ、なくなりそうなトイレットペーパー、注文しておいたから(焦って買いに行かなくていいからね)」みたいな、さりげなくて些細で日常的なのだけれどコイツやるぅ!この人といてよかった!と思わせるような間合いの絶妙さが生じるのです。「今日は陽気であったかいね!」という言葉の裏に「君といられて良かった。今日もありがとう、幸せです」が直結しているみたいな……(続・謎な喩え)。

ため息が出るような美しさって、なんでちょっと哀しげに思えるのでしょうか。間合いが絶妙だからでしょうか。音でミッチリ埋められてしまうと、そういうわびさびは生じにくい。美は距離感や空間を必要とします

青沼詩郎

参考Wikipedia>アンド・アイ・ラヴ・ハー

参考歌詞サイト KKBOX>And I Love Her

The Beatles ユニバーサルサイトへのリンク

『And I Love Her』を収録したThe Beatlesのアルバム『A Hard Day’s Night』(1964)

参考書

ビートルズを聴こう – 公式録音全213曲完全ガイド (中公文庫) 文庫(2015年)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『And I Love Her(The Beatlesの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)