まえがき 人気グループと映画出演、たぬきやきつねの話
加山雄三さんもエレキの若大将という映画に出ました。ビートルズももちろん自分たちがずばり主題になって映画になること数多。1960年代後期を謳歌したグループサウンズの人気バンドのいくつかも映画を自分たちのほしいままにした……かもしれません。人気者は映画に出るのです……
上に挙げた例はいずれも1960年代ですが、1980年代半ば、チェッカーズも映画に出ます。自分たちは人間に化けたたぬきである……と、そんな設定だったとか。たぬきがヒトに化ける物語は世にいくつか数える例があるのを思い浮かべる方も多いでしょう。平成狸合戦ぽんぽことか……こちらは1994年なのでチェッカーズより後年になりますが……
そういえば新美南吉による児童文学(絵本)、『手袋を買いに』はきつねの物語で、人間の手に化けた片方だけの手をつかって手袋をこぎつねが買おうとするが間違って人間の手に化けていない方の手を差し出して買い物を試みてしまう……といった展開がありました。こちらはたぬきでなくきつね、しかも体の一部だけを化かそうとするところがまたほかとは一味ちがいますね。
……と、商業音楽界とアーティスト(歌手)自身の映画出演の話に戻します。
出演すれば、その映画の主題歌をみずからが担当するのが当然といいますかむしろそのために映画というメディアにまでチョッカイを出している(言葉が悪い……)のでしょうから主題歌がまた売れる(はず)なのです。
実際私はそうした、歌手自身が出演した映画の主題歌たちに大変楽しませてもらっている身で、チェッカーズが出演した映画『CHECKERS IN TAN TAN たぬき』の主題歌『あの娘とスキャンダル』も気になる存在です。
あの娘とスキャンダル チェッカーズ 曲の名義、発表の概要
作詞:売野雅勇、作曲・編曲:芹澤廣明。チェッカーズのシングル。(1985)。同年の映画『CHECKERS IN TAN TAN たぬき』主題歌、オリジナルサウンドトラックに収録。同年のオリジナルアルバム『毎日!!チェッカーズ』には歌詞とタイトルの異バージョン『スキャンダル魔都(ポリス)』を収録。
チェッカーズ あの娘とスキャンダル(『THE CHECKERS SUPER BEST COLLECTION 32』収録)を聴く
『あの娘とスキャンダル』の主題のフレーズが冒頭付近と楽曲の中間部に挿入されます。複数のボーカルのレイヤーその厚みと、同音連打の愚直なまでにまっすぐなリズムで強烈に主題を印象づけます。チェッカーズは複数のボーカルの調和したスマートな描線が素晴らしいですね。彼らの武器を存分に活かしたサウンドに仕上がっています。
フミヤさんのリードボーカルはおおむねずっとダブルトラックでサウンドにエネルギーを与えます。フミヤさん実弟の尚之さんのサクソフォンもチェッカーズサウンドのおしるしで、あの娘とスキャンダルにおいてもその性格が存分に出ています。サックスもダブル、あるいはオクターブ違いのサウンドになっていて録音作品として音作りと演奏のキャラクターをかけあわせたエンターテイメントとしての音楽を存分に堪能できます。
チャラーンとシンセらしいシンセの音が漂います。ミュージックボックスとかベルとかそういう系のシンセサウンド。ストリングスの音色もシンセで出しているのかな。まっすぐなビートや歌唱にきらきらした輝きをそえます。
サビというのかBメロというのか、スネアが1小節中4拍目のみになるところで、スネアのサウンドの残響、音像の幅が一気にふくれあがります。ビートが元に戻るとサウンドも元に戻る。録音作品としての音づくりも工夫が多彩です。
スキャンダル魔都(アルバム『毎日‼︎チェッカーズ』収録)
舞台設定、シーン・情景のディティールを描く具体物、名詞のテクスチャ・コントラストがくっきりし、色彩も季節感も強まりました。「リクエスト」(涙のリクエスト)とか「ハートブレイク」(ジュリアに傷心(ハートブレイク))とか、チェッカーズのキャリアを想起させる楽曲のキーワードを散りばめていく作詞で意図を感じます。サービス心が旺盛です。基本的に、歌詞の違いという点において価値を発揮するために努力を尽くしたのを目一杯に感じます。ジェラシーという単語も『哀しくてジェラシー』か。
キャンディーズがグループキャリアの晩年に自分たちの歴代レパートリーを想起させる単語をこれでもかと盛り込んだ楽曲『微笑がえし』を世に放ったのが私の中で重なります。『春一番』とか『わな』とか、ハートのエースとか年下の……などと、まるでカーテンコールみたいでした。
そうか、チェッカーズの『スキャンダル魔都(ポリス)』は『あの娘とスキャンダル』あるいは映画『CHECKERS IN TAN TAN たぬき』のカーテンコールであると同時に、その時点までの彼らのカーテンコールみたいなものだったのかもしれません。魔都というタイトルづけにしても異彩を放っており際立つ存在感がある1曲です。言葉が平易で大衆も一緒に歌いたくなるユーザビリティの面では『あの娘とスキャンダル』に軍配が上がるかもしれませんが、独創性や創造性の高さ、色艶の光彩の刺激の面では『スキャンダル魔都』の面白さも確かなものだと思います。
青沼詩郎
『あの娘とスキャンダル』を収録した『THE CHECKERS SUPER BEST COLLECTION 32』(2009)
『スキャンダル魔都』を収録した『毎日!!チェッカーズ』(1985)