いやぁ素晴らしい……ため息が出る思いです。夏の情景がリスナーに立ち上がります。そのときの景色と、そのときの心の機微が伝わってくるのです。
ちょっと後悔しているようにも、回顧してくちもとをわずかに緩ます・微笑んでいる(=過去を肯定的にとらえている)ような感じもします。美しい思い出を振り返っているような、風光明媚な景観を思わせます。かつて見た場所と同じ場所に、後年やってきて、そのときのことを反芻しているのでしょうか。
“
どこか遠くを見ているようで
かき上げる前髪から
静かな眼がのぞいてた
その一瞬のときめきで
あなたを選んでしまった
”
(『浅い夢』より、作詞:来生えつこ)
“あなたを選んでしまった”という表現が引っかかりますね。印象に残る部分です。あなたを選んだことによって生じたあらゆる出来事や心の動きすべてを、もろ手を挙げて喜んで肯定するわけにはいかない様々な「波風」があったことを匂わせます。匂わせるだけで、多くは語らない。主人公とあなたの間にあった、なんらかの関係。“夜毎の海の宿”といった、シチュエーションがうかがえる表現を交えて、自分のみている風景や状況を語りながら、ぽつりぽつりと少しだけ感情(だったもの)の手がかりをこぼすような形で展開していく。本当に魅力的です。
間奏明けのBパート冒頭の歌詞で主題フレーズ“浅い夢”が来るところもしびれます。
曲の結びでAパートの再現があります。
“夏の日の海の宿 飛び交うざわめきの中 人知れず私は あなたの手をとった”(『浅い夢』より、作詞:来生えつこ)
ここが、過去の描写なのか、あるいは現在なのかとも解釈しうるのがまた絶妙です。“選んでしまった”といった、過ちを独白するような表現などによるそれまでの流れから察すれば、最後の段も同様に過去の振り返りである気もするのですが、目の前にある情景を映して実況しているような臨場感があり、まるで今起きていることのように感じられるのです。
主人公の記憶の中で、もっとも美しく感情が躍動した瞬間が永遠に繰り返すだけなのかもわかりません。
青沼詩郎
来生たかおのアルバム『浅い夢』(オリジナル発売年:1976)
ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『浅い夢(来生たかおの曲)ピアノ弾き語り』)