思い出の川縁を延伸しながら

2020年5月にこのブログを立ち上げました。今日この頃(この記事のこの項目の執筆時:2026年2月中旬)、もうすぐまる6年になります。

このブログを始めてまる1年までの経過は別段にあるとおりです。

それ以後、このブログの様式自体にはこれといってめざましい変化はありません。見出しや構成の定型が多少磨き上げられつつある、という程度です。

想像を超える日が来つつある

記事の題材としては、オールディーズな洋楽のアルバム曲など、ますますニッチなピースをも取り上げるようになったとかそんなようなことで、「一体誰がよろこぶんだ」というセルフツッコミをますます誘う様相ですが、たま~に、読んでリアクションをくださったり記事のURLを拾ってX(旧Twitter)でリンクをつぶやいてくださったりする方も現れるので、私が私自身のベンキョーのために続けている本ブログですが、ごくわずかだけ、他の方の利益や興味関心と重なる部分も生じつつある希望的憶測については、ささやかに自分をほめてあげたい気持ちであると同時にあまり浮かれすぎないように相変わらず自らに重しをくくりつけ引きずって歩くような日々をひょうひょうと(はぁはぁと息を切らしながら)過ごしています。

私が全宇宙で最も敬愛するバンド・くるりの主たるソングライターである岸田繁さんが、このブログのくるり作品を扱った記事について言及したポストをしてくださることがいつしか生じたのはこのブログを続けていて嬉しい想定外でした。“いつかは想像を超える日が待っているのだろう”(くるり『How To Go』より、作詞:岸田繁)という私のフェイバリットくるりソングの歌詞にある通りです。

青沼詩郎が寸評をしゃべり出した(2025年6月から)

このブログにおける様式面でのめぼしい変化はまる1年経過以降特にない旨述べましたが、このブログと相関したネタの更新を続けている私(bandshijin)のYouTubeチャンネルがあり、そちらでは2025年の6月くらいから、弾き語りカバーのあとに続けてそのまま動画内で楽曲についての寸評をしゃべるようになりました。

この寸評トークの試みは週に2~3回くらい続けば良いかなと思って軽い気持ちで始めたのですが、初めて寸評トーク付きの弾き語り動画を公開した2025年6月9日の投稿(The Zombies『Time of the Season』)から3日後の投稿(2025年6月12日の投稿、Lovin’ Spoonful『Rain On the Roof』)以降、今のところ毎日続いています(この文章の執筆時点までで、およそ9か月間)。

寸評トークで話す内容は動画の概要欄、ならびにこちらのブログ記事の導入部として流用できる利点がありますし、曲のメロディやリズムやコードの観察を済ませて弾き語りコピーを試みるだけでなく、その曲についてしゃべるには曲やオリジナルアーティストについての背景や概要といった客観的な情報を集め、そして何より私がその楽曲に何を感じるか、何を見出し何を思うかを抽出して簡素なりにも構成する必要があり、弾き語りコピーをしてブログを書くだけよりもさらにハードワークを私に課すことになります。

つらつらと変化なくこのブログが続いているように見えて、実は私が私自身に課しているベンキョーはますます強度を増しているのです(私、ドM過ぎないか?)。そのベンキョーによって鍛えられ、ますます高まる己の能力を教授するのは私自身ですが、私がそうして鍛えている己の音楽能力の行使によって、私が接する地域や社会の方々に、少しずつではありますが恩恵(勉強で得たスキル)を還元できつつあるのも主観的事実として感じている日々です。

未来の思い出に希望を馳せて、明日もたぶんこのブログは続きます。

2026年2月18日 青沼詩郎