悲しき慕情のとりこ
冒頭からのスキャットが耳に残ります。特に日本語ネイティブの私には「カマカマ」の明瞭さが意味を持つ空耳に聞こえるのです。釜(かま)、鎌(かま)。日本人受けしそうな理由の一つでしょう。
明朗でハイトーンなニール・セダカのテノールボイスで、Bメージャーキーで歌われます。
中間部の、転調を繰り返してのトゥ・ファイブ(Ⅱm→Ⅴ)モーションの反復がシンプルな印象を保ちつつもギミカルかつおしゃれで、私を魅了します。大衆音楽であることに自覚的でありながらも、能動性と享楽性に満ちた味わいです。Ⅰの和音をマイナーに変えて長2度下の調のⅡmに読み替えて転々と調性のフロアを降りながらも(Aメージャーへ解決→Gメージャーへ解決)、中間部の出口付近ではGメージャーのコード→F#メージャーのコード(歌詞 “Instead of breaking up I wish that we were making up again”の部分 )を経由しもとの調:Bメージャーのトニックに帰ってくるところが調性の放浪が帰結する快感(緊迫感からの解放・安堵)があると同時に、この曲が描く主題であろう主人公の想い(……おそらく未練でありましょう)が依然として残る厳かな現実を突きつけるかのような意匠です。
ニールの声でパン!と明るくかがやかしく歌われ、愛嬌のあるシンプルな(かつ転々としてから帰結する仕掛けのある)意匠で表現されるので爽やかな味わいですが、主人公は結局、君への想いをひきずってぐるぐるしているのではないでしょうか。恋は病、という真理が私の頭をよぎります。まるで悲しき慕情の虜(とりこ)ですね。本曲『Breaking Up Is Hard to Do』は、『The Locomotion』のヒットを持つリトル・エヴァもカバーしています。
作詞のハワード・グリーンフィールドとニール・セダカは同じアパートに住んでいた仲だそうです。まるで地元のよしみが協力して成り上がるサクセスストーリーみたいで、ドキュメンタリーがそのまま物語性を帯びる感じがしますね(事実は小説より奇なり……)。コニー・フランシスが歌った『Stupid Cupid』もニール&ハワードの二人による作です。
冒頭のスキャットが奇抜で面白い二人による作例には『Next Door to an Angel』も並列できます。そちらは日本のグループサウンズバンドのザ・ダーツが歌った『ケメ子の歌』で大胆に引用されています。
ニール・セダカの諸作品の表現には人の心をつかみ・楽しませることへの貪欲さが現れて思えます。
Breaking Up Is Hard to Do Neil Sedaka 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:Howard Greenfield、Neil Sedaka。Neil Sedakaのシングル(1962)。
Neil Sedaka Breaking Up Is Hard to Do(配信アルバム『Circulate』Expanded Edition収録)を聴く
右に楽器群。左にカウンターやバックグラウンドのボーカル。真ん中にニール・セダカのリード。かなり極端でパッカリな定位です。時代相応、という感じがしますね。
ニールのリードにハーモニーのパート、セルフでオーヴァーダビングしたんでしょうか。非常に柔和で甘美でメロメロで輝かしい歌声の響き。これ(彼の歌声とハーモニー)さえあればもう曲(ソングライティング)やアレンジがなんだろうと及第点に至る気がします。
左側からきこえるダントゥビ……などのスキャットボーカルには、ニールのオーバーダビングとは別に、女声が入っているところがあるようです。要素が豊かですね。
右にはドン・タタ……といったごきげんなドラムの響きが温和です。ピアノ、それからアコースティックのギターにスチャっとリズムのキレを演出するエレキギター。ベースとキックとピアノの低域はなんだか右トラックでダンゴになっていて聞き分けが難しい、渾然一体となっています。
上段の項目に書きました、歌詞 “Instead of breaking up I wish that we were making up again”の部分では階段を駆け上がるようなストリングスパートのアルコが左トラックに入ってきて絢爛! ほかのところでストリングスいつ入っていたっけ? という感じで、ストリングスパートの休ませ方がなんだか贅沢だなと……(笑)それで必要十分なので、あくまでそれで良いんですけれど。
ダンドゥビドゥダンダン……とフェイドアウトしていってしまうのに後ろ髪引かれる思いがします、ああ、もっと聴いていたい……まるで主人公の抱く未練の想いのようです。このスキャットのインパクトが楽曲のアイデンティティを重く大きく占めます。
言語の意味じゃないんですよね。もう響きが嘆きなんです。
「ああ、僕の君への想いはまるで“ダンドゥビドゥダンダン”だよ……」
「……お前何言ってるんだ?」
「この歌を聴いてくれればわかるよ!」
言葉の向こう側に行ける魔力こそが、私がポップソングを愛する一因です。
青沼詩郎
参考Wikipedia>悲しき慕情、ニール・セダカ、ハワード・グリーンフィールド
Neil Sedaka Official Websiteへのリンク
まいにちポップス(My Niche Pops) >「悲しき慕情(Braking Up Is Hard To Do)」ニール・セダカ(Neil Sedaka)(1962) 書き手の堀克巳さんの知識・考察の質量に歌詞の翻訳までついた記事の秀逸さに頭がさがります。ニール・セダカのキャリア初期の音楽界隈の背景やキャロル・キングとの関わりのエピソードまで紹介されていて興味深く、ニール・セダカの偉業の所以が平易に理解できるので読んでみてください。
『悲しき慕情(Breaking Up Is Hard to Do)』を収録した『ベスト・オブ・ニール・セダカ』(2002)