前世から来世へ頭上を越えて

ブレーメン 外は青い空

落雷の跡にばらが咲き

散り散りになった人は皆

ぜんまいを巻いて歌い出す

『ブレーメン』より、作詞:岸田繁

くるりの2007年のアルバム収録曲の『ブレーメン』ですが、2001年発表曲でくるりの代表曲のひとつ『ばらの花』と共通のモチーフ、「ばら」が登場します。

たとえば、くるりというバンドの歩みにおいて起こる多様なドラマ、出来事、その起伏を象徴するここでのキーワードが「落雷」だとすれば、それを経て『ばらの花』という不世出の作が誕生する現実と重なって思えてグっと来るフレーズです。『ばらの花』の芽吹きの奇跡が、古今東西を違えて再び誕生する輪廻の歓喜の象徴が『ブレーメン』の一節であるようにも思えます。

『ばらの花』の「トントントントン……」という恒常的なエレキギターのブリッジミュートの8分割、そのスクウェアなディビジョンを尊重したやわらかで平静な立ち回りのボーカルメロディ・歌唱。この曲をひとたびでも認知した音楽家がこれ以降に生み出すこれに似た特徴を備えたすべての楽曲は、そのソングライティングが意識的でも無意識でもどちらであっても、すべてくるりの『ばらの花』の影響下にある後発勢力なのじゃないかと私は思っています。それくらいにエポックメイキングなサウンドと響き、メロディと思念が『ばらの花』の脈筋そのものなのです。

2001年の『ばらの花』の発表を経て、作詞、作曲、編曲、演奏すべてがお互いを意識しあい調和しあい、代謝する地球に生まれては上書きされる人の知性や自然の営みの脈筋としての西洋音楽や民謡の遺伝子を発現させた新時代の讃歌が『ブレーメン』だと私は太鼓判を押すのです。前世から今この瞬間の私の頭上を越え来世まで腹の底から深く深く響く太鼓のような複数の旋律と拍動の重なり合う思念です。

くるり ブレーメン BREMEN 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:岸田繁。くるりのアルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(2007)に収録。くるりのベストアルバム『ベスト オブ くるり -TOWER OF MUSIC LOVER 2-』(2011)にも収録。

くるり ブレーメン BREMEN(アルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』収録)を聴く

くるり鑑賞の際に何度もこのブログサイトでも書いてきたことですが、くるり印のひとつが転回形のベースづかいではないでしょうか。『ブレーメン』の楽曲中、ほとんどの時間において転回形の低音位が鳴っている……といったらさすがに言い過ぎかもしれませんが、たとえば4小節くらいのまとまりで一回も転回形が出てこない場所を探そうと思うとかなり限定されてくるでしょう。それくらい、常に空をふわっと舞っている和声進行なのです。

歌詞の冒頭、“ブレーメン”のところからしていきなりⅠの第1転回形です。Aメージャーキーの曲なのでコードで書けばA /C♯となるでしょう。Ⅰの第1転回形はたとえば『ばらの花』のサビの冒頭でも用いられている和声です。『ばらの花』と『ブレーメン』の平行世界の接点をなお強めます。

こんこんとトリプレットで降り注ぐピアノの和音の8分ストローク。3分割の2拍子系、6/8拍子と解釈できそうです。

アコギがチャキっと輝きを添えます。

ベースの音はどこまでも柔和です。キックの音は人格の大きさを思わせ、ベースと合わさってこの家庭になら養子にしてほしいと申し出たくなるような恵みが湧き出づる地盤です。

リズム隊ひとつにしてもそうですが、すべてのパートの音の調和が気持ち良い。オケとバンドのベーシックが重なりあって、ひとつの立体空間をシェアして親睦を深めあう心地のよいサウンドです。

もっとも目立ち、印象的な冒頭をリードする木管楽器はオーボエでしょうか、ダブルリード系の管楽器かと思います(歌詞カードのクレジットを参照するに、オーボエとイングリッシュホルンが楽曲に使われています)。時空を超えて天に舞い上がる勇気と成長のドラマを思わせる希望的な旋律です。上行音形が特長。このモチーフに似た音形がエンディングが迫るなかで再現される(3分15秒付近)ところに静かな感動を覚えます。

くるり『ブレーメン』上行音形が印象的なモチーフと和声の抽出案。おおらかに天を撫でにいく、息が長くてなだらかな順次進行と5小節目での主音への跳躍進行でダブルリードの音色が激映え。

歌詞の最終ライン“飛んでゆけ”を空に伝書鳩を放つみたいに離陸させると、バンドの音楽はドラマーの掛け声(なのか?)とともにビートが転換。偶数分割系の拍子に変わり、マーチングのような勇壮な曲調になります。いかめしい軍隊行進ではなく軽快で、ひらめきと好奇心に身を任せる少年が走り出したような、未来への期待と無尽蔵な挑戦心を思わせる疾走感です。ズクズクとエレキギターが時空にほとばしる鉛筆(4Bくらい)のような質感の描線を刻み入れ、木管楽器が滞空しては宙を舞います。波のような押し引きを感じるパート間の綱引きにこちらもついつい拳を握ります。

3分56秒あたりから4分音符のキメをくりかえし8分音符に分割して緊密さをぶち上げていき、これまた上行音形が印象的なベースラインのリフレインをギターとベースの竿物兄弟のシンクロで演じます。

4分音符を8分音符に分割して音価を細密化し緊張感をぶちあげた先ほどの3分56秒頃の展開とは対照的に、4分12秒頃からの展開では8分割した音価を4分へと堪忍袋の容量を拡張させるように視野の尺度を極大化していき、しまいには1小節を2分割(音は伸ばさずに切っていますが)したⅠとⅤのこの世で最もコンパクトなカテンツをもって全終止。

くるり『ブレーメン』のエンディング付近のモチーフの抽出案。バンドが息を合わせて一体になって未知への扉へ突進していく、あるいは未知をたぐり寄せる綱引きの「オーエス!」を感じる圧巻の展開。ブラボーです。

偶数分割でつづったエンディングパートでしたが、最後の最後で「じゃ・じゃじゃじゃ・じゃーん!」(伝わります?)と2拍目のところに3分割を含ませます。長編映画のエンドロールが終わったあとに、ちょっとだけ短い映像が続くような得した感じです。少年の思念が粋な図らいをギフトしてくれます。

少年が息をひきとった物語りにほろりとするのですが、私のなかにいる少年の活発な足取りが旋律を描き、リズムを敷き続けているのです。爽やかさとほろ苦さで胸がいっぱいになります。

青沼詩郎

参考Wikipedia>ワルツを踊れ Tanz Walzer

参考歌詞サイト 歌ネット>ブレーメン BREMEN

くるり QURULI 公式サイトへのリンク

『ブレーメン BREMEN』を収録したくるりのアルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(2007)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ブレーメン BREMEN(くるりの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)