地上の星 中島みゆき 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:中島みゆき。編曲:瀬尾一三。中島みゆきのシングル、アルバム『短篇集』(2000)に収録。

中島みゆき 地上の星を聴く

ある時代までのポップソング、すなわち大衆のお楽しみ(娯楽)音楽といえば2分とか3分があたりまえでした。そうした時代の、今の(ある時代より後の時代の)感性からすれば「短い」曲が私は大好きです。

うってかわって、ある時代以降になると大衆のお楽しみ(娯楽)音楽は4分とか5分とか、ひょっとすると6分とか7分のものまで姿をあらわします。

ひとつには記録媒体がシングルレコードからCDになったこと。ほかにも理由があるなら……(そこまで詳しく述べられるほどの論拠がいまのわたしにはない)

とにかく曲がある時代以降は長い。私はいらいらしてしまいます。嘘嘘、必ずしもそんなことはないのですが、「なんでこんなに長いのだろう?」と素朴かつ強い疑問と知的好奇心による衝動を生じさせます。

たとえば今回の記事の題材の中島みゆきさんの『地上の星』など聴くと、曲の重要なパーツの顔ぶれは、ある時代までの短い娯楽音楽とそんなに違いがありません……というか全然違いがないです。実にシンプル。

「風の中のすばる……」の有名な歌い出し。洋楽的にいえばヴァース、日本的にいえばAメロ。

「地上にある星を……」洋楽的にいえばブリッジとかでしょうか。日本的にいえばBメロ。

「つばめよ高い空から……」洋楽的にいえばコーラス。日本的にいえばサビ。

以上。歌詞のあてられている部分についての顔ぶれ(曲の面構え、構成部分。パーツ)はこんなものです。あとは編曲の領域。どうです? 曲が短かった時代と比べてなんら特別なことがない。普通でしょ? ここで私がいう普通は良い意味です。娯楽音楽は、ある意味「普通」である必要があるのです。

ちょっとした普通からのはみ出しが、ちょっとずつ時代を変遷させていくに過ぎません。劇的にヘンテコな、革新的な新しいヒットソングが世に降りてきた! という衝撃がしばしば歴史にみられるかもしれませんが、それは一見そう見えるだけ。ビートルズだって先輩アーティストの数多の楽曲や表現の工夫を愛し、観察し、真似まくって世界に革新を印象付けたに過ぎないのです。

さて、こんなにパーツのラインナップ自体は普通でシンプルなのに、なぜ4分や5分に届く曲のサイズが確保されるのか。『地上の星』をみていきましょう。

00秒〜15秒まで:イントロ。勇壮なタムが大地を想起させます。躍動し、震えているみたい。

53秒まで:Aメロ(A+A’)。

1分3秒まで:Bメロ。

1分22秒まで:サビ。

1分42秒まで:ヴァイオリンソロ。西洋楽器なのですが東洋的な響きと香りをいっぱいにまといます。音作りに特徴があってアナログ臭がします。

2分00秒まで:2Aメロ(1コーラス目と違って1回だけ。)

2分11秒まで:2Bメロ。Bメロは短い部品です。ヴァースとコーラスをつなぐ清涼感。

2分30秒まで:2サビ。1サビとで歌詞に変化を与えません。シンプル。覚えやすい。何が大事にしているのかが伝わってきます。歌詞が変化するサビはある時代以降(根拠なし)日本のお楽しみ音楽で当たり前になってしまった気がしますが、たとえば私の敬愛するビートルズソングなども、コーラスの歌詞はあまりいじらずに、素直に繰り返すものが多いです。

2分50秒まで:ヴァイオリンソロ(2回目)。Dm調でつづってきた歌ですが、この間奏から平行調のFメージャーでⅣ→Ⅰ→Ⅴ→Ⅵm的な動きに突入。このヴァイオリンソロのおしり付近でAm調へのドミナントモーションを唐突にブっこみ、シンプルなパーツで成り立つ中島みゆきさんの楽曲に音楽的な響きのフックを与える調性外の響き。編曲者:瀬尾一三さんの魔法の匙加減でしょうか。

3分9秒まで:ヴァイオリンからバトンを受け取ってエレキギターソロ。メロメロのサウンド。粘りと尖りでツバメの飛行が成層圏を突破してしまいそうです。元の調(曲がはじまったときの調)がDmなので、Am調のこのギターソロからDmへの復帰は実にごく自然なつながりです。

3分21秒まで:3Bメロ。2Bメロの歌詞をトレースします。重要な部品に、ヘンにバリエーションを出す必要はありません。「人は氷ばかり掴む」。雲をつかむような話、と現実感のないさまを喩えていう慣用句があります。氷は溶けてダラダラと手や腕を伝って体を冷やしそう。雲をつかもうとするほうがまだリスクがなさそうです。人の愚かさを想起させます。「人」だなんて主語をおおげさにする必要はないです。私自身(リスナー個人)の愚かさを喚起する中島みゆきさんのソングライティングが鋭い。

この3Bメロ末尾で、半音上のE♭m調へのドミナントモーションを挿入し、音楽の響きの面での冗長さをブラックホールに投棄。いわゆるⅡm→Ⅴ的なモーションではなくⅦ♭→Ⅴみたいな感じで独特のヌルっとした一瞬の居心地の悪さがあります。これによって原点回帰を劇的に印象付け、次の構成でAメロにもどる安心感を増幅します。あるいは頭が白紙に戻る清涼感があります。

3分43秒まで:3Aメロ。Aメロとしては3回目ですが、3回目のBメロの後に位置しているので4Aメロみたいな錯覚がします。曲に好意的なボリューム感、聴き応えをもたらす構成です。転調してE♭mにアガっているせいか、提示済みのモチーフ(Aメロ)に戻ったのであってもスッキリ感があります。激流を経て大河に出たような開放感です。

4分01秒まで:3サビ。最後のサビを繰り返すときに半音上の調に転調するお楽しみ(娯楽)音楽は「あるある」すぎてもう私の耳が飽きています(「元調のサビ」→「半音上の調のサビ」が直結している構成)。でも『地上の星』はちがう。最後のサビより前に位置する3Aメロに戻る直前にそれを済ませてしまっているので最後のサビにおけるワザとらしさが皆無です。

4分39秒まで:エレキギターソロ。金切声をあげるような一瞬のピッキングハーモニクスの印象が強烈。空気を切り裂く衝撃とともに孤独感でハイになります。

フェイドアウトまで:ストリングスによるトゥッティで主題のリードボーカルフレーズを再現しながら地平の彼方につばめが消えていく。

およそ5分11秒でフレームアウト。

つばめの目になったつもりで『地上の星』を観察してみましたが、どうでしょうか。一本の長編映画、一個の人生が私の内臓すべてを通り過ぎたような恍惚と満足感があります。『地上の星』がシンプルさとボリューム感を両立している所以が少しでも伝われば幸いです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>地上の星/ヘッドライト・テールライト短篇集 (中島みゆきのアルバム)

参考歌詞サイト 歌ネット>地上の星

中島みゆき 公式サイトへのリンク

『地上の星』を収録した中島みゆきのアルバム『短篇集』(2000)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『地上の星(中島みゆきの曲)ギター弾き語り』)