知識は自由の行使のために
16分割でボーカルだけとってもリズミカルでグルーヴィです。タイトでガッツ、アクセントの強いドラム。
非常に音の止め方がタイトなエレキベースが知識人の空虚で軽薄な言葉に消しゴムをかけるかのよう。
ドラムやベースのタイトなベーシックの上で、アコースティックギターやストリングスがみずみずしさ・うるおいを携え、自由を「言葉」や「知識」の枠の外で謳歌します。
卓越した演奏技術が「知識」に寄せる風刺、皮肉、嘲笑の具体をあらわにします。アルバム曲らしいかろみもありますが、『今はまだ人生を語らず』というアルバムタイトルの解釈を助け、念を押す役割を担っており、表題曲と同等に位置付けてよさそうに思えるほど私はこの曲を重視しています。
知識 よしだたくろう 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:吉田拓郎。よしだたくろうのアルバム『今はまだ人生を語らず』(1974)に収録。
よしだたくろう 知識を聴く
左よりにワカチコっとワウギターのカッティングがタイト。右にエレクトリックピアノがじわじわ。
中央付近にはたくろうさん自身によるアコギでしょうか。これがもう、これだけでオケに匹敵するくらいにリズムとコードをがしがしに出しています。このギターと歌だけでも当然成立するでしょう。
少し左寄りに、みずみずしいプレーンなギターのリード・オブリガードプレイ。ナイロン系のギターなのかどうか。
ストリングスはあまり主張してこず、都市の背景を流れる河のようにこちらを見守りますがその存在を前提にヒトが繁栄するくらいに器のひろさを感じます。
たくろうさんのリードボーカルのエッジある質感が良い。オケ含めて、ずっとサウンドの質感や様相は一本調子なのです。世間は、知識人が自由を叫ぼうと、不自由そうに自由を語る奴がいようと、それらに冷たい視線を送り我が道を行くおいらがいようと、あんまり変わらないんです。いえ、もちろん10年30年50年70年とゆったりと、時には社会的な大事件でぐらっと変わりもするのですが、個人の思想や天啓がほとばしらせるイカヅチどこ吹く風ぞ?という具合に、世間と個人のあいだには常に一定の乖離があるもの。そこに感じるさびしさ、哀愁こそが普遍の真理であり、吉田拓郎さんが諸作品の中で叫び、語ることをせずとも音楽の体裁を通して背景として感じさせてみた、言語を超越した「うごめき」のようなものだと思うのです。
サウンドの様相は基本一本調子で、そここそがこの楽曲の魅力でありますが、最後のサビに突入する直前にだけ2/4拍子の半端な小節が挿入され、リズムの決めがスポットライトを引き、その一瞬だけは「おいらの天啓」がすべてになります。その一瞬のち、また大勢の他人が忙しく行き交う都市の風景が流れ出すのです。
たくろうさんのざらっとぎすっとした叫びのような歌声が、おいらの心の友なんだよな。
青沼詩郎
『知識』を収録した吉田拓郎のアルバム『今はまだ人生を語らず』(1974)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『知識(よしだたくろうの曲) 知識は自由の行使のために ギター弾き語りとハーモニカ【寸評つき】』)