歌手の方のアッコさん。

どしゃぶりの雨の中で 和田アキ子 曲の名義、発表の概要

作詞:大日方俊子、作曲:小田島和彦。編曲:山木幸三郎。和田アキ子のシングル、アルバム『どしゃぶりの雨の中で ~ビートとハートを歌う』(1969)収録。

和田アキ子 どしゃぶりの雨の中でを聴く

にじり寄って獲物の油断した隙を突き、ひと呑みにしてしまう! おどろおどろしい怪異のような独特の緊張感と妖しさ漂うグルーヴです。和田アキ子さんが歌い手であることによるバイアスでしょうか。和田アキ子さんが歌い手であることによってそんなバイアスがかかりうるような私の口ぶり自体が偏見の塊です。

当の和田アキ子さんの歌声ははつらつとしています。私のイメージの和田アキ子さんは、すでに「大御所」です。若手のタレントがみなたじろぐ、大物然とした存在感なのです。バラエティの冠となっていて、タレントとして活躍している貫禄ある和田アキ子さんが私の中での主たる彼女のイメージであり、『どしゃぶりの雨の中で』の歌声のはつらつとしたハリ感やみずみずしさとの若干のギャップを覚えるところです。こうして自分の意思で音楽鑑賞をすることで、まじまじと和田アキ子さんが歌手としてキャリアをスタートさせた人なのだと足跡を確認するのです。

妖しい怪異の雰囲気を出すのに大役を買っているのはオルガンでしょうか。ピーピーと特定の周波数が出た極端な音色で、チープさが漂います。要所をベースとオクターブでユニゾンし印象づけます。

オルガンとの絡み込みで、ねっとりとへばりつくようなベースの進行。田んぼの中を闊歩しているような独特の粘度を感じるグルーヴです。

4小節の間を埋める金管楽器のモチーフ採譜例。短3度の跳躍を含んだリフレインがジットリとしています。

歌詞 希望の裏返し

たったひと言の さよならだけど

これきり逢えない 昨日の夢なの

どしゃ降りの雨のなかを わたしは歩く

ひとりぼっちの街の角 あかりが溶ける

(『どしゃぶりの雨の中で』より、作詞:大日方俊子)

「どしゃぶり」を分かりやすく逆境のシンボルとして扱います。逆境といいますか、単に失恋でしょう。「単に」なんて云ったら軽んじるような印象を与えるでしょうか。心情の描写です。

「どしゃぶり」は悪いことなのか? 地面をアスファルトで固めてしまった都市でしたら、排水能力を超えるスピードと量で雨が降ってしまうと冠水してしまう路面などが発生しうるでしょう。山林でも土石流、土砂崩れなどあるかもしれません。

能天気に思える観点かもしれませんが、雨は恵みであり、いつかは降るべきところに降ってくれないと、生命は干からびてしまいます。

雨には浄化作用があるでしょう。あなたとの古い恋が体に染みつき、匂いをまとったままでは主人公は悪い気に冒されて未来を志向できないかもしれません。人生をよい方向に運ぶために、そのターニング・ポイントとして激しい雨が主人公の未練をぶっ飛ばしてくれるのです。どしゃぶりであればあるほど、近い未来、嘘のようにカラっと日の目があらわれるでしょう。

「あかりが溶ける」は抽象的な語感で、楽曲の結末をフワっとさせます。

たとえ涙を流していてもわからなくさせてしまうどしゃぶりの雨。街のあかりも何もかも輪郭がはっきりしない主人公の雨まみれの視界の表現でしょうか。しかし、視界に「溶けるあかり」が存在するわけです。今はまだ、ぼやけて見えているだけ。「あかり」自体はあるのです。

粘着質でジットリとした第一印象の曲は、希望の裏返しかもしれません。

青沼詩郎

参考Wikipedia>どしゃぶりの雨の中で

参考歌詞サイト 歌ネット>どしゃぶりの雨の中で

和田アキ子 公式サイトへのリンク

『どしゃぶりの雨の中で』を収録した和田アキ子の『和田アキ子ベスト・ヒット』(2005)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『どしゃぶりの雨の中で(和田アキ子の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)