胸のなかの幸福像

“私が童話作家になって思うのは 本当を書くことの難しさ だって 私自身がどても嘘つきで 涙をかくしては 笑って過ごしてる”(『童話作家』より、作詞:さだまさし)

主人公の内側に涙は存在しています。笑顔の仮面で隠れているだけなのです。その笑顔も、みる人がみたら「こいつ涙を隠していやがるな」と見抜くかもしれません。

“原稿用紙に色鉛筆で 幸せの似顔 描いてはみるけど 悲しいくらいに 駄目な私の指先は 気がつけばいつでも あなたの笑顔を書いてる”(『童話作家』より、作詞:さだまさし)

主人公のなかには、あなたの笑顔があるではありませんか。本当を書くことだって、本当は主人公はできているのだと思います。

“あなた”に重なる具体的な相手がいるとの解釈がストレートですが、すこしひねくれてみると、“あなた”は主人公自身の幸福像と解釈しても面白いかもしれません。ただ、現状の自分自身と自分の幸福像との間に乖離を感じているから、主人公はちょっとうつむいたような心持ちでふるまっているような雰囲気が、この楽曲の地下水脈に流れている気がします。

そんな自省の雰囲気を潤沢に携えた歌の世界観をしっとりとつたえるさださんの歌唱、アレンジやバックトラックの演奏が耳心地よい一曲。さださんのソロのファーストアルバム『帰去来』の7曲目に収録されています。

耳馴染みのない漢字三文字のちょっと変わったアルバムタイトルは中国の古い時代の詩人さん、陶淵明の詩『帰去来の辞』に由来する、とのこと。さださんらしい思想信条を感じるネーミングで、ほかの収録曲を含めその曲名のほとんどが漢字で表記されています。

童話作家 さだまさし 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:さだまさし。編曲:渡辺俊幸。さだまさしのアルバム『帰去来』(1976)に収録。

さだまさし 童話作家(アルバム『帰去来』収録 2016 Remaster)を聴く

さださんの胸をなでおろすようなスムースな歌声が静謐な情緒を、そのウェーブの強いビブラートと響きが朗々とした存在感を主張せずとも輝きを私の胸に差し込んできます。

アコースティックギターとピアノのストロークや分散和音が分割をみせます。ベースのストロークなどおおまたぎでおおらかですし、前半部分はほとんどドラムが入っていないこともあり、ゆったりとした、ひとつひとつのブレスを統括する音楽上の大きな呼吸が別軸で存在しているような曲想を提示します。ストリングスが大部分において、まっすぐにアルコで和音の壁をなしていることも大きいでしょう。

前半はひっこんでいるので、後半でドラムが出てくると華々しさと堂々とした態度が感じられます。自分は嘘つきで、涙をかくしているし、気がつけば前半ではふたりですごしたあらすじを消しゴムで消していたのにあなたの笑顔を書いている……とあらわにします。未練や己の嘘つきなところに対しては絶対的な自信があるといわんばかりに、皮肉にも後半になるにしたがって音楽がサウンド面で堂々としてきます。

カツっとタイトなリムショットのドラムをともなって、エンディングでAメロのフレーズがついて、“私が童話作家になろうと思ったのは あなたにさよならを 言われた日”(『童話作家』より、作詞:さだまさし)と締めくくります。

現実であなたと過ごす日々はもう更新されないから、胸のなかに残るものをアウトプットしていこうと決意したのでしょうか。しかし皮肉にも、更新されることのないあなたとの日々を胸のうちに持ち歩く現実の日々は更新されてしまいます。書くことで主人公はその日々を連ねていくのです。

主人公の背景にそびえる悲哀、哀愁の機微を児童が察知するのは難しいかもしれませんが、フィクションの仮面に隠れた何かの思念を敏感に察知することはあるでしょう。その作家の作風の魅力の部分だと思います。

青沼詩郎

参考Wikipedia>帰去来 (アルバム)

参考歌詞サイト 歌ネット>童話作家

さだまさし オフィシャルサイトへのリンク

『童話作家』を収録したさだまさしのアルバム『帰去来』(1976)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『童話作家(さだまさしの曲)胸のなかの幸福像【ギター弾き語り・寸評つき】』)