不思議なピーチパイ 竹内まりや 曲の名義、発表の概要
作詞:安井かずみ、作曲:加藤和彦、編曲:加藤和彦・清水信之。竹内まりやのシングル、アルバム『LOVE SONGS』(1980)に収録。
竹内まりや 不思議なピーチパイを聴く
ポップソングの鑑です。これは本当に素晴らしい。凡作を百作聴くよりこれ一曲を100回聴き込んだほうが有益かもしれません。あまりこういうゲンキンな感想を述べるのは憚られますが、それに見あう素晴らしさ。
四隅まで自然に視線を誘い、どこをみても注目すべき点を見出させてくれる名画のように、音のどこに注目してもそれぞれが凛とした働きをしています。己に見合った役割を与えられ、嬉々としてそれぞれが機能しあい、幸福の総量を上げているチームワークを感じさせる編曲、演奏です。
メロの歌いだしからオクターブ跳躍のメインボーカルメロディ。これですよ……いえもちろん歌いだしからオクターブ跳躍をつかえばなんでも傑作になるわけもないのですが……Dメージャー調で、音階のⅴの音、ラーラーファ♯ー……と歌いだす。ⅴの音のオクターブ跳躍って、主音のⅰ(この曲ではD)を囲むような様相になるのです。いいですね、ここから何がはじまって、何がどうなっていくんだろうとわくわくさせるメロディなのです。強起、拍の頭からぴったりと音を出しはじめるフレーズ。『不思議なピーチパイ』のⅴのオクターブ跳躍の歌いだしは強起である必然があるのです。強起には説得力がある。説得力がある始まり方で、かつこれから何がどう転がっていくんだろうと想像させるⅴのオクターブ跳躍。もう最高ですよ。
この説得力とのバランスをとってか、サビはわかりやすい循環コード進行に乗ったボーカルのポジションが中庸で歌いやすい。万人を輪に入れてくれるデザインです。こういうところが大衆歌としての鑑たるゆえんかもしれません。
何かがはじまりそうといえばイントロでしょう。主和音のⅴの音を半音ずつ上げていってシックスにリーチさせたらまた下行するパターン。心が走り出しそうです。ミャーンという音色でフェイズだかコーラスが効いたようなエレキギターのトーンが効果的です。
ちょっとずつパターンを変えているドラムスとベースのコンビネーション。ボーカルメロディの、万人が親しみやすい平易な質感(それでいてもちろん、絢爛で華やかでもあるのですが)に、音楽的な起伏ある聴き心地を与えているのは間違いなくこの優れたベーシックリズムの気の利いたバリエーション能力でしょう。
おまけにここだよ!というツボを押さえて湧き、咲き乱れるブラスよ。みずみずしく歌うストリングスよ。カーっ!と私の大好物のパーカッション小物、ビブラスラップが私の音楽愛好心をおまつりさわぎにします。
恋は初めてじゃないけれども 恋はその度 ちがうわたしをみせてくれる
『不思議なピーチパイ』より、作詞:安井かずみ
天才ですか。気が利きすぎている。おっしゃるとおりです。
恋だけじゃない。どんな人との関係もそうです。ひとりとして同じ人はいません。すべての人との関わりが、その人との関わりだからこその「私」を引き出してくれます。人と関わることの醍醐味はここにあります。私が、ちがう私になれるのです。あなたがいれば、あなただけが引き出すことのできるたくさんの「人格」が、世の人の数だけあるのです。
あー、尽きませんね。100回聴きましょう。それ以上でも。
青沼詩郎
『不思議なピーチパイ』を収録した竹内まりやのアルバム『LOVE SONGS』(1980)