精神状態とからだ

「うさぎはさみしいと死んでしまう」

一度は耳にしたことのある方も多いのではないでしょうか。実際、うさぎにとってさみしさが死の直接の原因になるのか事実は知りません。ホントなのかもしれないしウソかも私にはわかりません。

精神状態は生死を分けるトリガー、要因になるほどに身体を左右します。

緊張でガクガクぶるぶる震えるような局面を経験したことがあなたはありますか。

たとえば音楽を発表する、自分がステージに立つ場面でそのような極限の緊張状態に陥ることもあるでしょう。単に人前に立つのが初めてであるとか、極端に久しぶりであるとか、経験したことのない程度の規模感や水準のステージであれば日々研鑽をやめない勤勉な音楽家や演奏家であっても体の状態に異変を来すほどの極端な緊張状態に陥ることも考えられます。

恋愛もまた体に異変を来すほどに極端に作用する魔術です。術、といいますか、結界なのか魔法陣なのか……そこに足を踏み入れた者の心をその磁場の特性によってずたずたに蹂躙するほどのおそろしい切れ味、鈍器で殴るような横暴、八つ裂きにする嵐のような風圧を帯びます。

歌詞でそういう感覚や思念のテクスチャを描くことは表現者に与えられた痛快のひとつでしょう。歌詞、ともいわない。音楽でそれを表現する、その意訳を手伝う、増大するための歌詞であるとも思えます。

「さみしいとうさぎは死んでしまう」

この話に戻ってみますが、環境が激変すると死んでしまう動物は多いです。魚も哺乳類も……つまりヒトだって変化で命を落としてしまうことが十分にありえますし、たったひとつの不都合で衝撃的な事実を知り得ただけでショック死するということもありえる……のかもしれません。小説や映画で見かけた局面と現実を混濁した私の妄言かもしれませんけれど……

メダカのいる生活とか、ハムスターのいる生活とか、そういう暮らしの素敵さを思い描いてペットショップから家にお迎えしてみたがかれらの未来を短くさせてしまうことは私の人生でも経験のあることです。体が機能しなくなるほどの環境要因、状況転覆によるショックやダメージ。歌詞や物語が描くものはフィクションであっても、現実とひと続きの地平であり、たとえば失恋によって落雷に遭うような天変地異を経験することがあってもおかしくないのを思います。

アリス 冬の稲妻を聴く

作詞:谷村新司、作曲:堀内孝雄、編曲:石川鷹彦。

“あなたは 稲妻のように 私の心を 引き裂いた 蒼ざめた心 ふるわせて 立ちつくすひとり 立ちつくす You’re rollin thunder 突然すぎた You’re rollin thunder 別れの言葉 忘れない あなたが残していった 傷跡だけは…”(『冬の稲妻』より、作詞:谷村新司)。

アリスのシングル(1977)、アルバム『ALICE VI』(1978)に収録。

バンドメンバーの一発録音+間奏の最低限のオーバーダブのみで成立しそうなサウンドを核にしつつ、エンディング付近でのみストリングスが入ってきますね。

ジャンジャンジャカジャカ……とアコギのストロークが左右に広がりを出します。存在感があってきらびやかです。

ほとんどの局面でボーカルがツインになっていますね。堀内孝雄さんの声でしょうか。主旋律の上でハモります。あるいは主旋律がユニゾンのダブルになっているところもありますね。

“You’re rollin thunder”の異様な低ボ(低音ボイス)が際立ちます。妖しくって……ちょっとアブラがギラつくほどの趣です。それくらいの恋愛の衝撃度を物語っているようにも感じます。この妖魔チックな低ボにすかさず続いて、ビールを煽って傾けたグラスを平らに戻すと同時に喉の奥から抜ける「ッァ〜ッ」のような、声にならない息が入ります。バンドの身の丈にあったベーシックに、ツインボーカルの情報量、さらにこの息や低ボの演出が入ることで、ほとんどバンドの生身の実寸をオーバーすることなく楽曲の個性を獲得しているのです。

間奏のツインギター風のハーモニックな鋭いトーン。恋愛の鋭さや切れ味を思わせますし、谷村さん・堀内さんのツインボーカルの転生の趣もあります。ドラムスのダツッと輪郭のよいサウンドが気持ちよく、かなりハイピッチなタムが轟きます。ティンバレスやカウベルもいい味。バンドの生身、素材の核を尊重しつつも細かくサウンドをリッチにする脇役が妙演しているのです。歌うようにメロディアスで闊達なベースプレイがまた良い。

楽曲の構成がちょっと面白い。2コーラス目のおわり付近、“忘れないあなたが残しっていった傷跡だけは”のあとに間奏が入り、間奏のあとはAメロに復帰するのでなく、再びBの結びのフレーズ“忘れないあなたが残しっていった傷跡だけは”を唱えてからAメロに戻るのです。「イントロ、A、B、A、B、間奏、B 、A、エンディング」といった様子でしょうか。

カッコで注釈をいれると見づらいかもしれませんが「イントロ、A、B、A、B、間奏(Bっぽいコード進行)、B (の終わり付近のみ)、A、エンディング(Bっぽいコード進行)」。楽曲の部品をAとかBレベルで大雑把にみると、部品自体のバリエーションは限られておりシンプルです。このシンプルさが私の器の「短さ」に素早くフィットしてくれつつも、ちょっとした構成のヒネりで「聴かせて」くれるのです。

図:アリス『冬の稲妻』イントロモチーフとコードの採譜例。減七の煙たいくすぶった響きとポルタメントするギターの音色で強烈に印象づけます。冒頭のパーカッションも手伝い、“冬の稲妻”とタイトルしつつも常夏のバカンスのような極楽感漂う振れ幅が心配になるほどです。おかしくなってしまうほどの失恋だったのか……などと余計な想像を誘います。

怨恨?

“あなたは 稲妻のように 私の心を 引き裂いた 蒼ざめた心 ふるわせて 立ちつくすひとり 立ちつくす You’re rollin thunder 突然すぎた You’re rollin thunder 別れの言葉 忘れない あなたが残していった 傷跡だけは…”(『冬の稲妻』より、作詞:谷村新司)

さらっとしているようでめちゃくちゃ傷ついているしめちゃくちゃ根に持っているような感じもするところが、真摯なのですけれど傍目からみておかしみでもあるといいますか……この主人公を呼び出して赤ちょうちんのもと酒の一杯でも奢ってやって話でも聞いてみたくなります。

アリスの素晴らしい楽曲に対して乱暴なカテゴライズをおしつけるのは憚られるのですが、正直なところ1960〜70年代くらいの歌を好きで聴き漁っていると、「わかるよ、うん、うん。わかるけど……」と思いつつ、その思いや歌詞の純粋さが故にひとつツッコミを入れてやりたくなることがままあります。それだけ感情や意思を主題にして純粋に抽出していることの表れだとも思います。ある種のヒネリのなさも愛嬌に直結しうるのです。

『冬の稲妻』の歌詞の言葉のなかには、冬であることを補足したり強調したりする鍵がありません。この主人公の失恋体験が「冬」だったと解釈するしか、ほとんどない感じがします。

冬の雷ってあまりイメージがわかないです。夏のイメージです、私としては。冬だと静電気かな。

だから、雷じゃなくて「稲妻」なのでしょう。一緒にしてしまった私が悪い。もう一度強調しておきましょう、雷じゃなくて稲妻。恋は稲妻です。

稲妻も気象現象を表す言葉の側面があるかもしれませんが、その閃光や衝撃の眩さや瞬間的な爆発力・スピード感を象徴して恋愛の一瞬の轟と衝撃度を表現したモチーフなのだと思えます。

急に別れるって言い出したんだろうけど……「あなた」の中では感情や意思の移ろいに期間の幅があったんだろうな。それを観察できなかった主人公にとっては、光と音の轟のように一瞬で事が変わり、崩落したように感じられたのかもしれません。もの寂しさが「冬」と重なります。

青沼詩郎

参考Wikipedia>アリス (フォークグループ)

参考歌詞サイト 歌ネット>冬の稲妻

Alice オフィシャルサイトへのリンク

『冬の稲妻』を収録したアルバム『ALICE VI』(1978)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『冬の稲妻(アリスの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)