命をはこぶ容れ物

最近、山崎まさよし『お家へ帰ろう』、HALCALI『今日の私はキゲンがいい』など聴きました。どちらもCMソングである点、共通します。後者の曲が入ったHALCALIのアルバム『ハルカリノオカワリ』には『ゴンドラの唄』が入っています。カバー曲ですね。

『ゴンドラの唄』はCMソングではなく、もともと舞台の劇中歌だといいます。歌ったのは『カチューシャの唄』でも知られる松井須磨子さん。

カチューシャとかゴンドラとか、どちらも個性……というか限定性の強い名詞をモチーフにしているのが印象的です。

『ゴンドラの唄』には、曲中「ゴンドラ」の名詞が出てきません。なぜゴンドラなのか?

命短し……の歌い出しで認知する人が多いでしょう。ゴンドラは単に命の容れ物の観念として、命の儚さを語る小道具あるいは象徴として抜擢された名詞なのかもしれません。

ゴンドラと聞くと、観光地のそれほど高くはない山の頂上に軽装の観光客が手軽に至れる乗り物のイメージが強いです。

単に客が乗り込むそのボディの部分についていえば、やはりゆりかご的なものであったり、ヒトを運ぶ器であるのみです。舟や汽車や列車・電車、自動車もヒトを運ぶうつわとしてはゴンドラと通ずる部分があります。しかしやはり、それぞれに印象はまるで違いますね。

私がまっ先に想起するゴンドラの観念には、ロープウェイ全体の観念がごちゃまぜになっている気がします。ゴンドラ……人が乗り込む容れ物の部分自体は動力をもちません。(命のさだめにしたがって)動くロープに運ばれる、器なのです。

ゴンドラの唄 曲の名義、発表の概要

作詞:吉井勇、作曲:中山晋平。1915年発表とされる。帝国劇場芸術座公演『その前夜』劇中歌として松井須磨子が歌唱。

並木路子が歌うゴンドラの唄(『生誕100年記念 並木路子 想い出のアルバム 〜リンゴの唄〜』)を聴く

ポップスとかロックとか、歌手にジャンルもくそもない時代を思います。歌手どまんなか。戦後を象徴する名歌『リンゴの唄』を歌った並木路子さんの歌唱です。一つ一つの音程、リズムが的確で芯をついています……当たり前の技術かもしれませんが……

特定の歌手を売り出すための作品でもなければ、自作自演のシンガーソングライターの作品でもないわけです……もちろん『ゴンドラの唄』の最も当初の段階では、実演家になるであろう松井須磨子さんのアイデンティティを意識して作ったのかどうか、意識したとしてその程度がどの程度のものだったのかは私には未知ですが…

とにかくこの音源における並木さんの歌唱が的確で端正で精確でみずみずしい点を評価します。

各パート音もとても明瞭で豊かできれいです。アコースティックギターのアルペジオが漂います。ポォゥン……とベースのひとつひとつのストロークの音色が優しい。ストリングスのまっすぐな描線と歌やマンドリン?のリードメロディの出入りを妨げないダイナミクスの起伏が良し。チキチキパサパサ……とスネアなのか、パーカッションパートが分割の解像度のルーラーを優しく敷きます。

リードボーカルのないところでリードする楽器は、大きめのマンドリンの類なのでしょうか。非常に深く豊かで、かつ複弦の可憐で繊細なニュアンスを持ち合わせたトレモロ奏法です。残響が深くリッチですね。

伴奏いる? メロディの安定感

終止、歌のメロディが主和音(トニック)をつよく感じさせます。旋律のほとんどの部分の伴奏が主和音一発で済んでしまうようなメロディです。それだけ安定感があります。ヘタな伴奏ならいらないんじゃないか。鼻歌のようにソラで歌って(暗唱して)成立してしまう。儚くも、一個の生命力の確かさを思わせるメロディです。

いのち短し 恋せよ乙女

あかき唇 褪せぬ間に

熱き血潮の 冷えぬ間に

明日の月日の ないものを

(中略)

いのち短し 恋せよ乙女

黒髪の色あせぬまに

心のほのお消えぬまに

今日はふたたび来ぬものを

『ゴンドラの唄』より、作詞:吉井勇

一個体のヒトは命をはこぶ容れ物。少女(おとめ)にかぎったことではありません。個体の体温も血潮の熱さも、持続するのはせいぜい80年とかその程度。次の世代に継ぐものって、遺伝子以外になんなのでしょう。どれくらいが遺伝子で託せて、どれくらいが後天的なものなのでしょう。

その両方をしないと、ゴンドラの中身はすっからかんになるし、そもそもゴンドラ(器)自体も滅んでしまいます。個体がゴンドラなら、動力は時間と種:それ自体といったところでしょうか。あと百年先にでも届きそうな普遍的な唄だと思います。

青沼詩郎

参考Wikipedia>ゴンドラの唄

参考歌詞サイト KKBOX>ゴンドラの唄

『ゴンドラの唄』を収録した『生誕100年記念 並木路子 想い出のアルバム~リンゴの唄~』(2021)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ゴンドラの唄(大正時代の流行歌)ギター弾き語りとハーモニカ』)