くるり『グッドモーニング』を聴く
ギター
アコギのブラッシングからストロークのイントロ。曲の全体的にウェットで透き通った残響の印象に対してイントロのアコギはとてもドライです。バンドが入ってきて、一気に音像の世界が立ち上がる感じです。ハンマリング・プリングで飾りをつけたイントロのストロークパターン。開放弦を交えるなど濁りを入れたコードの響きがかえって曲の透明感を高めています。
左にエレキギター。イントロや1コーラス目の後の間奏などではアコギにもみられるハンマリング・プリングを交えたフレーズ。絞った音数でカウンターメロディするAメロ。アルペジオをして動きを出すBメロ。1コードに対して1コードストロークをのばす緩慢な2コーラス目の間奏。クリーンで暖かい明瞭な音で曲の都会の雰囲気を演出するのに与しています。
ドラムス
太鼓類の音が非常に引き締まってイケメン。キックの音、アタックがドツっと効いてふくよかかつタイト。クローズド奏法(打ったあとにビーターをヘッドにピッタリくっつける奏法)でしょうか。ハイハット、あるいはキット全体にわずかにディレイが効いている感じがします。ドラムスに残響効果を付加するのはときに思い切りがいる気もしますが、うまいこと前後配置を醸していて曲のキャラクターに合っています。カッコ良いです。Bメロで非常に繊細なタンバリンも入ります。ドラムス&パーカッションはクリフ・アーモンドです。ハットの音は短く、ライドの音は豊かに。お互いが引き立っています。1拍目オモテと3拍目のオモテ・ウラもしくはオモテを抜いてウラのみにキックを入れるパターン。シンプルなパターンが基調です。さりげなくハネたグルーヴを感じさせる間奏のフィルインが好き。
アップライト・ベース
おおむね1小節に2分音符ふたつ。コードチェンジにつき1ストロークのシンプルなパターンです。独特の膨れ上がるような響き。音がアンサンブルを抱き込んでいる感じ。大きなホロウボディの中にバンドの音が全部響いているんじゃないかと思わせる、調和した音です。この浸透感はソリッドボディのエレキ・ベースでは得られないでしょう。アタック音はやさしげ。アップライト・ベースですし、フラットワウンド弦でしょうか。なめらかな指あたりの質感を思うトーンです。Aメロなどでの跳躍音程の距離にはピリリと冷ややかな空気。Bメロや2・3コーラス目のBメロの後にみせる順次下行にはあたたかな解放感が漂います。
ピアノ
右側に定位し、左のエレキギターのクリーン・トーンと対になっています。部屋鳴りや躯体の鳴りのニュアンスを感じます。オフマイク気味で録った音が混じっているしれません。1拍目をちょっと伸ばして2拍目のウラから動かすなど、動と静のあるパターンです。
ローズピアノ
それ以前からさりげなくいるのかもしれませんが、2コーラス目のAメロで右寄りにホアーンと聴こえて目立ってきます。朝靄を感じさせる、空中を演出する音づかいが妙です。
ストリングス
イントロと1コーラス目のあとの間奏では右寄りに定位して聴こえます。2コーラス目のBメロでは左寄りに厚みがある感じです。2コーラス目のあとの間奏では先に右から聴こえ、折り返し以降は左にバトンが渡る感じです。3コーラス目以降は左にヴァイオリンとチェロ、右にヴィオラがいる感じ。音像に広がりを出して後半をドラマチックに演出しています。
加工した音の演出
なんの原音に加工をほどこしたのかわかりませんが、AメロやBメロに入るところ、2コーラス目のあとの間奏の折り返しのところなどで「ワカチコワカチコ……」「……トトコトコ……」といった感じのフィルタリングされたようなくぐもった音がリズムを添えます。添えるというか、うちに秘めたものが滲み出たような印象が妙です。生音・生演奏中心のアンサンブル中に加工感のある演出がクロス。なんとなく高速道路を走る夜行バスと交う常夜灯だとか、路面の凹凸を乗り越える車輪が車中に伝えるリズミカルな振動だとかを思わせます。遠くへ移動する主人公の思念に何かが交じる音……あるいは思い起こさせる音にも思えます。想像をふくらませてくれる演出です。
ボーカル
ダブりやコーラスなくシンプルに単トラック?です。透き通るディレイあるいはリバーブの質感が美麗。人や物の少ない寒さ冴えた朝の都市のビル群に反響しているみたいです。曲の前半は朝霧に響く声を表現したような穏やかな残響づけ、曲の後半ではディレイのつけ方も深く劇的なものへと移ろいを感じさせます。曲をドラマティックにしている要因のひとつかもしれません。さりげないが効果絶大。
コード進行
イントロ、Aメロ
D♭メージャー調なのですが、A♭(Ⅴ)のコードからはじまります。A♭→E♭mと冒頭で進行するので、まるでA♭メージャー調でⅠ→Ⅴmの進行をしたかのような響きです。Ⅰ→Ⅴの長和音ならば平凡なパターンなのですが、Ⅴmへの進行は感情を置き去りにしたような殺伐とした気持ちにさせます。|A♭→E♭m|B♭m→G♭|D♭・・→G♭|D♭|というのがイントロのパターン(単純化して表記しています)。後半の2小節が主調のⅠ-Ⅳ-Ⅰのカデンツなので、ここで主調がはっきりする感じです。その直前、2小節目の後半→3小節目のアタマもⅣ→Ⅰの進行のようですがⅣの響きを濁したコードなのでこの時点ではまだモヤついた調性感です。
イントロを経てAメロのコード進行もおおむね|A♭→E♭m|B♭m→G♭|D♭・・→G♭|D♭|のパターンです。
Bメロ
Bメロに入る直前のD♭7が、BメロアタマのG♭へのドミナントモーションになっています。
Bメロに入って2小節が|G♭→D♭/F|E♭m→A♭|。バスがⅳ→ⅲ→ⅱと順次下行していき主調のⅤ(A♭)へつなぎます。
3、4小節目が|D♭→D♭/C|B♭m7→D♭/A♭|(上声の解釈が合っているかは微妙ですが)。バスに注目してください。ⅰ→ⅶ→ⅵ→ⅴと、綺麗に順次下行しています。前半の2小節で順次下行、ドミナント(A♭)を経てポジションを直してまた順次下行。すごく綺麗ですし、円環をなぞるようにずっと続きそうなパターンです。バスが周回する都市の主要駅のロータリーとか、同じ経路を行き来するハイウェイバスのルーティンワークを思わせるコード進行です。楽節の終わりはⅣ(G♭)でもどかしさを残します。アルバムの次曲へつなぐ意志を感じます。
2コーラス後の間奏、エンディング
Bメロでは3小節目に現れたトニックコード(D♭)からの下行パターンが、2コーラス後の間奏では楽節のアタマに現れます。浄化される安心感。蟠りがほどけていくようです。闊歩する人が行き交い、連なったお店のシャッターも開いて都市に血がめぐり、デイタイムの始まり……かのように思うのですが、3、4小節目で|E♭m|G♭|。4小節目(G♭)では歩みを止めてしまいます。そのまま|B♭m|F7|E♭m|と進行。B♭マイナー調に転調した風で表情は物憂げです。|B♭m|F7|……のパターンを繰り返しますが楽節のおわりは主調のドミナント(A♭)。現実感を取り戻します。が、次の楽節の歌詞は“夢は”……と始まるところがいいですね。融合した現実と夢を思わせるソングライティングです。
エンディングのパターンも間奏の冒頭と同様、トニックからの下行です。浄化の安心感をその場で続けて繰り返してはくれませんが、楽節の隔たりののちに再び味わうことができます。
曲の終止はⅣm(G♭m)のコード。終止といいつつ終止していません。放りっぱなし。先にも触れかけましたが、アルバムの1曲目のお役目は確かにリスナーを2曲目へ導くこと……そのまま『Morning Paper』の重厚な歪んだギターのストロークがはじまるというアルバムの曲順です。
歌詞
“夜行バスは新宿へ向かう 眠気とともに灯りは消えてゆく 君の腕枕で眠る”(くるり『グッドモーニング』より、作詞:岸田繁)
夜行バスって、発車してしばらくすると消灯するんですよね。私も幾度か乗車した経験を思い出します。「スマートフォン等の光が他のお客様のお休みの妨げになりませんよう……」などという車掌アナウンスを出発時に聞いた覚えがあります。
“夜行バスは新宿に着いた 予定より三十分早く 冬の真夜中のようさ 白い息は道標にもなりゃしない やけに広い横断歩道手を引きわたる 何処へ向かう”(くるり『グッドモーニング』より、作詞:岸田繁)
都市の早朝は、街が起き出すまでどうしたものか、来訪者を惑わすことでしょう。あろうことか予定より早く着いてしまったようです。“白い息は道標にもなりゃしない”というラインが、行くあてのない宙吊りなストレンジャーの心象に思えます。同時に“白い息”は季節を表現する記号にもなっていますね。人で溢れかえった状況なら横断歩道の広さはそれでも足りないくらいなのですが、冬の早朝においては持て余すほどの余白を思わせます。
“早朝喫茶は夜の香り 男女は音楽の話 女の方が趣味がいいね 早朝喫茶夜が明けて 街を見下ろすコートの群れは色とりどり 行き交う電車の渋滞”(くるり『グッドモーニング』より、作詞:岸田繁)
喫茶店にありつけたようです。隣席の話し声の内容が聞こえてきて、それが自分たちの話題になることもあるでしょう。過ごす人たちの様子や会話の内容。緊迫との縁遠さ。外が暗いからだけではない何かが“夜の香り”の主成分なのでしょうね。それが早朝に居残ることもあるでしょう。時間の移ろいの描写が絶妙です。
街は目覚めたら早いです。電車の渋滞やコートの群れが街に現れる頃には、喫茶店に居残った夜の香りもさすがに散ったかもしれません。明け方を街で過ごしてそのままの人と、ビジネススーツをまとった出勤前の人など、出自も境遇もさまざまの者が入り混じる境界の時間。
“君は眠る不安残るまなざしで 僕の上着を枕にして 手があたたかい 口づけをした”(くるり『グッドモーニング』より、作詞:岸田繁)
夜通し旅をしてくると、人々が起きて活発になる頃、反対に眠くなりがちです。“君は眠る”なのに“不安残るまなざしで”というのがユニークな表現です。閉じたまぶたにも、表情あるまなざしを見出すことができるのかもしれません。眠っている顔が、不安げに見えたのでしょうか。
“夢は歩むここから始まる スクランブルは広がってゆく そこらじゅうに 歩いてゆく 歩いてゆく”(くるり『グッドモーニング』より、作詞:岸田繁)
“夢は歩む”。夢が主語なのが独創的な表現です。情景描写を連ねてきた歌詞ですが、ここで抽象度を高めます。バンドの演奏や音響もドラマティックになってくるハイライトシーンです。具体的な行き先が決まっていてもいなくても……都市に立ち、未来を展望。「朝」は始まりの象徴です。
感想
歌詞には君や僕が出てきますが、第三者目線、俯瞰・客観も感じます。2人でいるのだとしても、孤独感が漂っています。「朝」を鋭く切り取った刹那さ。
口づけたり腕枕をしたりといった、パートナーがいるからこその動詞が出てきますが、実は
孤独な旅人を描いている……と解釈するのも一興です(妄想しすぎ?)。穿った見方を慎めば、純粋に、夜を経て遠く離れた街に降り立った2人の「朝」(始まりの時間)の情景を描いた美しい音楽。マイナーコードやサブドミナントのカデンツ、ギターの響きの濁りなどが悲喜こもごもを感じさせます。
トップに『グッドモーニング』が収録されたアルバム『アンテナ』、何度生まれ変わっても好きになる自信があります。
後記
NHKラジオのコーナーで又吉直樹氏がくるりの『グッドモーニング』を語った回の記事がありました。
くるりの1stシングル曲『東京』との題材の関連、アルバム『アンテナ』のラストに配置された『HOW TO GO』にもふれて解説しています。
未来への経路や具体的な行き先は必ずしもわからなくとも、新宿に降り立って歩き始める“僕”や“君”に対して、『HOW TO GO』は乱暴に直訳してしまえば「行き方」。アルバムの1曲目と最終曲が対になっているのですね。オリジナルメンバーの顔ぶれに変化があったこの頃のくるりの状況についてもふれたトークだったようです。さすがの鋭さと共感する“アンテナ”をもってくるりの『グッドモーニング』を解説していて、興味深い記事でした。トークも生で聴いてみたかったですね。現場の楽しい空気も記事に反映されています。
青沼詩郎
『グッドモーニング』を収録したくるりのアルバム『アンテナ』(2004)
ご笑覧ください 拙演