まえがき

私の思う竹内まりやさんの中心イメージにフィットしているように感じたので、松本隆さんと安部恭弘さんによる提供曲というのがちょっと意外でしたが同様に作詞作曲の提供を受けている『September』『不思議なピーチパイ』など竹内さんのイメージを成す重要なレパートリーを含むアルバム『LOVE SONGS』に収録された、質量的な軽さが潔く、バランス感覚に秀でる快作です。 お客さんが入る前、出演者やステージ関係者のみが見知るひっそりとした空気を描写するのは歌詞だけではなく、流麗ではずむエレキギターとフィンガースナップ、バックグラウンドボーカルだけで築かれる余白を活かしたサウンドのおかげでしょうか。 ギターにクレジットされているのは杉本喜代志さん。テンションや4和音、ハーフディミニッシュづかいがおしゃれで印象的です。 曲中に頻用したりリフレインしたりするでもない、本文末最後の最後にさらっとこの楽曲のすべての要素、因果を引き受けてひとことでくくる主題の“五線紙”。時間芸術に命を燃やすことで栄えるミュージシャン。その人生が時とともに流動していくのを、五線紙だけがモノとして残り、ひっそりと永く証言するのです。粋ですね。

五線紙 竹内まりや 曲の名義、発表の概要

作詞:松本隆、作曲:安部恭弘。竹内まりやのアルバム『LOVE SONGS』(1980)に収録。

竹内まりや 五線紙を聴く

リードボーカルのなめらかに起伏を描くダイナミクス。左右に開いたサイドボーカルそれぞれのキャラクター、その輪郭の解像度も保ちつつ、ふわっとダブリングあるいなコーラスのエフェクトで品よく広げたような耳心地が至福です。歌詞で字ハモするところの精緻なシンクロぶりが快感。トゥルル……と歌詞でない発音でにぎやかして、リードボーカルを複数のスポットライトが気ままにたわむれながら光をほうぼうから浴びせるかのよう。精巧なのに茶目っけがあります。

エレキギターの伴奏はベースのリズムや休符の入れ方まで、上声の和音の置き方や動かし方、装飾のしかたと有機的に連携します。1人で低音位、和音、リズムを担うからこそつじつまが合う自然さを思います。リードボーカルの歌詞のある部分はエレキ1本で徹底して演じきっている印象ですが、イントロや間奏などはコードリズム低音位を一手に引き受ける伴奏ギターのうえに、オクターブ奏法のトラックがダビングされているようでしょうか。そうした最低限の録音作品としての出入りもごく自然にポジティヴに作用してこの楽曲のイメージに貢献しています。

“変わらないものがあるとしたら 人を愛する魂(こころ)の五線紙さ”(『五線紙』より、作詞:松本隆)。ミュージシャンの厳しくも楽しく豊かで起伏のつきまとう数奇な人生を、さらっと五線紙というモチーフで象徴してしまうところが粋です。その瞬間だけで儚く散ってしまう音、その連なりの無限のグラデーションのプロットを物質的に証言するたったひとつの最も冴えたやり方が五線紙による記譜なのです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>LOVE SONGS (竹内まりやのアルバム)

参考歌詞サイト 歌ネット>五線紙

竹内まりや 公式サイトへのリンク

『五線紙』を収録した竹内まりやのアルバム『LOVE SONGS』 (1980)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】音を固定する証言 五線紙(竹内まりやの曲)ギター弾き語り』)