まえがき
お囃子、せりふから始まる異彩な導入、快活なビート、鋭いエレキギターのサウンド、ダブルさらにはトリプルミーニングともいわれる歌詞・主題の多面性。50年を優に超える名アルバムを象徴する1曲です。かつ、シングルヴァージョンをはじめ録音のバリエーションが複数あります。
はいからはくち はっぴいえんど 曲の名義、発表の概要
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一。はっぴいえんどのシングル『12月の雨の日/はいからはくち』、アルバム『風街ろまん』(1971)に収録。
はっぴいえんど はいからはくちを聴く
からっと乾いた音像がおそろしい。ホラーじゃないのにこわさを画面から引き出す映画監督もいます。そんな感覚に似てか……感情が「白い」のがおそろしい。楽しいとか怒っているとか、争う精神が滲み出るのが音楽に努める者の表現につきまとうものです。なぜなら表現は思想感情を宿し伝える器だからです。
バンドはぶるぶるとバイブレーションして発熱しながらガタゴトと列車のように疾走しています。音は躍動しているし、呼応し合っています。それなのに、感情のおしつけがない。俺らは最高だというようなおごりももちろんない。そんなふうに、潔白に私には感じられるのがこの作品の永く聴かれる凄みです。アルバム『風街ろまん』ジャケットの色数の少ない印象にひっぱられているからそんなふうに思うのでしょうか? それだけでこうまでも、鮮烈な「モノクロ」を感じるとは思いがたい。
イントロのお囃子は右から左に、楽器を持って歩き回るチンドン屋かのように定位が動いていきます。連打をどんどん密にしていく鼓のストロークの連続性が美しい。そしてBannai Taraoのナレーション、「はいから is beautiful」のせりふ。フジカラーのキャッチコピーのパロディだといいます。
バンドの音像は解像度が高い。リードボーカルは、左に右にぱっかりと定位が寄ったトラックが入れ替わり現れます。そして真ん中に至る。リードボーカルの現れる方角が3分割されている感じです。
ドラムの勇ましく突っ込むフィルインに血圧が上がりそう。ギロがぎちぎちとアクセント。コンガのグルーヴは快速のバンドにもっさりしたテクスチャを与えて今にもはみだしそうだがかっちり収まっている。軽い音色のウッドブロックやカウベルのようなサウンドも聴こえます。痛快なバンドサウンドの印象が表層を多いますが、注意を高めて聴いてみると案外パーカッションや小物が活きている。
ギターの描き込みの量、熱量のオシヒキが楽曲に振れ幅、メリハリを与えます。
主題のはいからはくち。ひらがなであるのには重ね合わせの意味それぞれに化ける万能細胞であろうとする意図が感じられます。肺から吐く血。ハイカラ白痴。あとは?
情景がある気もするががらんどう。感性の持ち主、知性体はいるが感情がない。無感情もフィールのひとつなのかもしれません。そんなに、いつも怒ったり悲しんだり何かがはっきりしているわけじゃない。そんなのへんじゃないか。素直になればなるほど、感情の白さ、「潔白さ」が見えてくる。素直でいることは、簡単なのにむずかしい。はっぴいえんどはそれを簡単そうにやってみせているけれど、それこそが彼らの独自性であり強く高らかなアイデンティティです。フォロワーが後を絶たないわけだ。
青沼詩郎
シャッフルビートの別バージョン “CITYヴァージョン”
弾んだビート、カラっと乾いて激しく歪んだリードギター、ズモーッと倍音が広がるリズムギターはガタゴトと鉄道に揺られているような気分になります。器を満たす音の質量の水位がアルバムバージョンより高い気がします。
Happy End はっぴいえんど キングレコードサイトへのリンク
『はいからはくち』を収録したはっぴいえんどのアルバム『風街ろまん』(1971)
はずんだ曲調の『はいからはくち』を収録したはっぴいえんどのベストアルバム『CITY』(1973)