腰の軽い仲間の回顧
かまやつひろしさんのひとり多重録音を主たる手法にしたアルバム『ムッシュー かまやつひろしの世界』(1970)収録曲。
かまやつひろしさんに、作詞のなかにし礼さんと安井かずみさんを加えた3人のボーカルのトーンが終始平静な楽曲『二十才の頃(はたちのころ)』。
原曲を聴くとベースギターの主和音の低音位が第2転回形になっていてその低音位が保続されます。そのせいか、ふわっとした腰の軽さがあります。おしゃれな文化人が行きつけのカフェレストランに、約束しなくてもふと集いふと居合わせてしまうような波長のシンクロを思わせます。ぽろろんと漂うピアノが品のあるラウンジにいる気分にさせます。
この曲は今井美樹さんがアルバム『Milestone』(2006)でカバーしており、そちらもそれ独自の極上の質感があります。
二十才の頃 かまやつひろし 曲の名義、発表の概要
作詞:なかにし礼、安井かずみ、作曲:かまやつひろし。かまやつひろしのアルバム『ムッシュー/かまやつひろしの世界』(1970)に収録。
かまやつひろし 二十才の頃(『ムッシュー/かまやつひろしの世界』CD収録)を聴く
サブスクにないので(執筆時:2025年12月時点)、円盤を取り寄せるなどして聴いてみてください。
3人のボーカルが込められています。ハーモニーパートに分かれることはなく、かまやつさんとなかにし礼さんの音域は同じ。安井かずみさんの女声が1オクターブ上をいきます。
しっとりしたボサノバ調といったところでしょうか。メロのところでベースがずっとGの保続をしています。Cメージャーキーなので、属音保続をしているのです。このため、ここにいて、ここに集っているのに、どこかうわべだけで、心がどこかへいっている、あるいはどこかにある心にふたをして、一時的に肉体だけがここにつどっているようなフィールを私に与えるのです。それこそ主題であり、「二十才の頃」の回顧なのでしょう。そこがさびしげなのに、落ち着いていて孤独なのです。それを受け入れて、認めているのです。
三人のボーカル、ドラム、ピアノ、ベースなどほとんどのトラックが右に寄っているようで、左側で対になるのはエレキギター。トーンを絞った感じの、カドの落ちたサウンドです。多少グマッとしたゲイン感もあります。
右側でオブリガードするピアノが単旋律で、うろうろと思考が断続的に過ぎり、嘆きを添えるみたいです。高めの音域に役割を絞ったピアノの音色ってどうしてこうもさびしげでアンニュイなのか。単に楽曲のせいでしょうか。弾きすぎないこと、音を足しすぎないこと、よくばりすぎない美を思います。
バンド全体にしてもそうです。ギター、ベース、ドラム、ピアノがあるだけ。最低限ですね。ゲストボーカル以外はムッシュのひとり多重録音です。欲張ってどうにかなる曲じゃない。ただちょっと縁のある3人があつまって、ひと昔をかえりみている。それだけです。お茶ののったテーブルの上をちょっと風が撫でるだけ。そんな気味のよさ、かろみがこの曲の魅力です。
今井美樹 20才のころ(アルバム『Milestone』収録)を聴く
ムッシュバージョンが最低限のテーブルの上、プライベートルームという感じであらばこちらはそれを見事にスタジオ作品として拡大解釈しました。素晴らしいサウンドです。
ナイロン系のギター、ズモンとアコースティックのベースにピアノ。ストリングスも瑞々しい風を吹かせます。
間奏の金管楽器がまた極上。これ、フリューゲルホルンか何かでしょうか。唇の破裂音をほとんどスルーしたような、極まるスラー。これ以上なくソフトでなめらかなサウンドです。
ウィンドチャイムがゆっくりとカーテンを撫でていくかのよう。シェーカーかマラカスのようなフリモノがリズムを刻みます。そしてコンガですね。これだよ。
スタジオチックですがドラムキットは省略することで熱量の水面が波立つのを抑えます。間奏のさなかに少しだけ、ライドシンバルをスティックのティップで軽やかに叩くような音だけが躍動感を演出します。
今井さんの精緻でカームなボーカルが歌詞の世界を引き立てます。
ボードレールやベルレーヌを読んだあの頃があなたにはあるでしょうか。若い時にでも読まなきゃ、なかなかもう手が出ないような……そういう世界の象徴、片鱗としてこうした固有名詞が絶妙に活かされているようにも思えます。いえ、もちろん、いくつになって初めて読んだっていいわけなのですが……
20才だったあの頃そのもの自体は、2度と戻ることはないのです。もちろん、20才を経由したすべての人の胸に永遠に存在している瞬間であるのも事実でしょう。これから20才を迎える人にはどんなふうに響くのかな。いずれにしても刹那です。
かまやつひろしのセルフカバー 20才のころ(『スタジオ・ムッシュ』収録)を聴く
エレクトリックピアノ、エフェクトの匂いのついたエレキギター、シンセサイザーのにゅるりとしたカドのまるいブラスだかストリングスを思わせるサウンド。ひと時代を飛び越えたまた趣向の違う回顧です。イントロからメロにかけてのリズムの決めが独特ですがベースはやっぱり保続なのです。ムッシュの歌唱がやっぱり平静でクール。人工的なダブリング処理でわずかに音像にブレを加えたようなボーカルです。
そしてセルフボーカルに傾倒するのかと思いきや女声ボーカルが後半になって入ってくるおどろき。歌手はHiroko Asanoとのことです。ダブリングのかかったサウンドでたっぷり息をつかったような歌いかたです。彼女のソロをきかせたのち、ムッシュの男声とオクターブで重なるフレーズを見せながら、シンセのコントラストが強まりながら楽曲がエンディングに向かいフェイドアウトしていきます。
青沼詩郎
Monsieur Kamayatsu Forever | ムッシュかまやつWEB記念館へのリンク
『二十才の頃』を収録したかまやつひろしのアルバム『ムッシュー/かまやつひろしの世界』(1970)
『20才のころ』を収録した今井美樹のアルバム『Milestone』(2006)
セルフカバーの『20才のころ』を収録した『スタジオ・ムッシュ』(1979)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】腰の軽い仲間の回顧『二十才の頃(かまやつひろしの曲)』ピアノ弾き語り』)