まえがき

ドドドドミミソソラーシドー(移動ド唱法)というサビのメロディが分散和音+順次進行になっており意匠美を感じるもので、その音形のリフレインが軸になっています。

『花泥棒』ではじまり『チェリー』で締めくくるおばけクオリティアルバム『インディゴ地平線』収録の2曲目です。

ピアノの3拍目ウラや4拍目ウラで移勢する弾むようなリフレインで印象づけるイントロにしてもポップ。風通しの良さと個別のパートのサウンドの質的な豊かさが両立した精緻を覚えるのが、私がスピッツ曲を鑑賞した際に感じる共通の聴き味かもしれません。

唐突に「ベーゼ」(くちづけ)なるフランス語を用いてリスナーの注意にも起伏を与える作詞にはスピッツらしい「小物づかい」を感じます。

間奏にはハーモニカが取り入れられているのが特徴。泥臭いフィールではなく、あくまでさりげないタッチで軽い哀愁を添え、大サビ(Cメロ?)ではCメージャー調のモーションでリフレッシュ。Gのコード(C調のドミナント)に到達したらそのまま長2度上がって元のAメージャーの主和音ではじまるサビに接続する展開もテンポが良くて快適なフィールです。

歌詞中には存在しない語彙からなる「初恋クレイジー」というネーミングにもスピッツらしいヒネリの態度が現れているかもしれません。

初恋クレイジー スピッツ 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:草野正宗。スピッツのアルバム『インディゴ地平線』(1996)に収録。

スピッツ 初恋クレイジー(アルバム『インディゴ地平線』収録)を聴く

大サビでCメージャーのⅣ→Ⅴ→Ⅲm→Ⅳ(F→G→Em→F)のモーション、とひとまずは自分なりに解釈したのですが、はっきりCにどすんと腰を落ち着けるわけじゃないんですよね。むしろ折り返しのあたりでGのコードからそのままAメージャーのコードに長2度上行していて、これは元調の主和音なのですが、あくまでCメージャー調のなかであえてCやAmに解決するのでなくAメージャー(ⅥM)に行く意外性で、星空に手が届くような独特の浮遊、超越感があります。サビをしめくくる「表の意味を超えてやる」の歌詞に重なって思える意匠です。Cメージャー調はAメージャー調にとって同主調の平行調(Amの平行調)になります。Aメージャーのなかで、同主調の音階音からなる和声を一時的に借りているだけ、みたいな、意外だけれども意匠的なまとまりがあり、隣接する調和が実は地下水脈のように通じて思えるのです。

ドラムのキックが2拍目のウラに打ったあと、3拍目をあけてスコン!と4拍目のスネアが鳴るパターンがあって、こんなに一瞬の出来事であり些細な点ではあるのですが、この一瞬がこの曲のヴァースの風通しの良さを私に感じさせる一因になっているのは間違いありません。

サビで2拍単位のリズム形で上行するギターのリフレインはロイ・オービソンの『オー・プリティ・ウーマン』やビートルズの『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』を思い出させます。1拍目の表と裏で同音連打したあと跳躍で和声音をとっていくリフレインなので、ずいずいとひっぱり、ビートを転がす推進力と和声感の提示を同時に兼任できる秀逸なリフレイン形がポップソングの堂々たる王道の語彙だなぁとしみじみ思います。

言葉にできない気持ち ひたすら伝える力」とのサビ。『ロビンソン』などという秀逸なレパートリーもあるスピッツですが、この曲も歌詞の中に曲名を直接示すフレーズはありません。作詞作曲を終えたあとでタイトルを決めたのでしょうか、果たしてどうなのか。初恋は、恋の最中にないときとくらべてその状態がどれだけ逸脱しているのか、ほかの恋と比べる事例がない状態なのである意味「クレイジー」なのです。そんな初恋の普遍や超越感を、歌詞中で「初恋クレイジー」という語彙を用いることなく描いているのかもしれませんね。ハイな感じ。

青沼詩郎

参考Wikipedia>インディゴ地平線

参考歌詞サイト 歌ネット>初恋クレイジー

スピッツ 公式サイトへのリンク

『初恋クレイジー』を収録したスピッツのアルバム『インディゴ地平線』(1996)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】“表の意味を超えてやる”『初恋クレイジー(スピッツの曲)』ギター弾き語りとハーモニカ』)