MV
どこの道でしょうか。空をバックに風車が回ります。発電機でしょうか。枝を切り詰められた老齢の巨木の幹の近くでギターを弾くメンバー。黒っぽい溶岩質の荒れ野のような場所で歌っています。伊豆大島もしくは富士山の斜面にこういう場所があるかもしれないと想像。「昔からある場所」という題材に沿って、さまざまな雰囲気のあるスポット(地点)を選んでつないでいるのでしょうか。微妙(良い意味で)なファンタジー感があります。海も出てきますね。やはり溶岩質の海岸……伊豆大島でしょうか(伊豆大島にこだわる私)。このMVに使われているカットをスクリーンに映し出し、その前に立って歌ってもいます。『「昔からある場所」をかえりみる、その後の時間軸』の表現かもしれません。溶岩質のような黒っぽい感じの誰もいない車道をドローンっぽい高めの視点でトレースするカメラワーク。まるでアウトドア愛好者向けの高級車のCMの映像のようでもあります。なだらかな丘(禿げた野っぱら)の頂上方面に向かって歩くメンバー2人。海に入水して両手を高くあげ天を仰ぐシンガー。むこうに太陽。光輪が出ています。スローになってポーズで黒フェードのラストです。
曲について
作詞:KATE、作曲: 藤井謙二・小林武史。MY LITTLE LOVERのシングル、アルバム『evergreen』(1995)収録。作詞のKATEはメンバーの名前(Kenji、Akko、Takeshi)+Ensembleの頭文字をとって組み合わせた名義で、女性っぽい名前を意識したようですが実質の作詞は小林武史だそう。アルバム『evergreen』収録時に小林武史に修正したとのことですがJ-WID(ジャスラックのデータベース)上ではKATEになっています。
MY LITTLE LOVER『Hello, Again 〜昔からある場所〜』を聴く
エレキギターのイントロ。このサウンドで「これこれ!」とピンと来る人、多いのではないでしょうか。強起の4分音符3つで印象づけて4拍目にかかりその拍のウラに打点、次の小節では8分音符で動きます。「♪ミーソ♯ーラーソ♯ファ♯ミファ♯ソ♯ー」というフレーズですね。この主メロディは中央。オクターブ奏法の音にも似ていますが、タイトなので2本を分けて録っているかもしれません。伴奏するところでは右のギターが目立ちます。ハーフブリッジミュートでオープン・クローズの刻みやアルペジオを聴かせます。中央〜左寄りには控えめな音量でボーカルの背景にハーモニックなツインギターフレーズが合いの手します。パワーコードの8ビートストロークもうっすらいる感じがしますね。エレキギターだけでも5本近くはダブったパートがありそう。アコースティック・ギターは左でストロークします。
オルガン。高いところに倍音のピークがあるトーンでヒラウタでもサビでもずっとヒャーッと鳴っています。
キーボードだと思いますが間奏のソロメロディの独特のトーンはなんでしょうか。私の引き出しでわからないキャラクターです。シンセストリングスとシンセホルンを同時にユニゾンで鳴らしたような感じに聴こえる音色です。
ドラムスが半分のテンポから通常テンポへ。ちょっと独特のところにピークのあるスネアです。トスッと余韻します。ハイタムは高く、ロー(フロア)タムは低い(当たり前?)チューニング。ハイハット・ワークが細かく、ところどころ16分音符をきかせます。チッチッチッチチ……といった具合です。サビの前半ではハットの基本パターンが16のフィーリング。高いタムにスプラッシュも混じってアクセントします。
ベース。エイトビートの刻みです。
メインボーカル。全編ダブリング。これぞMY LITTLE LOVERサウンドといった感じ(ほとんどこの曲の印象のせいかもしれませんが)。余韻はひかえめでドライ。ユニゾンで奥行きを出しています。ハーモニーパート(重唱)は基本ありません。エンディングで「Hello, again a feelin heart」という英語フレーズのみハモっていますね。ここで初登場する異質なキャラです。本編のほとんどが「昔からある場所」の「昔の時点」を描いていて、この異質なキャラ(英語コーラス)がそれをかえりみる現在のキャラクターという感じがします。
転調のおかしみ 代理からの本人登場
ヒラウタとサビの間で転調するのが特徴。Eメージャーキーではじまりますが、サビに入る前のドミナント(B)から、サビの頭でCに連結します。Cはサビのキー:Gメージャー調におけるⅣ。サブドミナントのコードです。
直前のBメロの頭もⅣ、すなわちサブドミナントではじまるコード進行。
Bメロ→サビと連続した構成の頭の両方でおなじようにサブドミナントで始めてしまうと、クドく感じる場合があります(ひたすら同じパターンを繰り返すタイプの楽曲は別)。
ところが『Hello, Again ~昔からある場所~』ではその限りではありません。転調によって清涼感をもたらし、サブドミナントを仕切り直す印象を与えているからかもしれません。
|B→|C→D|……と言った具合に、Bメロまでの別の調の流れを引き継ぎ、それどころかそれを助走として利用しⅣ(C)からⅤ(D)への上行の緊張や期待のエネルギーをより一層高めています。
サビが終わるときには、転じた調(G)を元の調(E)にもどします。この戻し方が、サビ前でのBメロのドミナントのエネルギーを引き継いで助走として利用し滑らかかつ高らかに飛び発ったやり方に対し、異質な響きをはさんで流れを一気に変えてしまうやり方です。
というのも、Gメージャー調の♭ⅦすなわちFからBへと進行するのです。FからBという進行は、ベースの旋律音程が上行なら増4度、下行なら減5度の関係にあり、非常に突飛な進行なのです。音程をつくる苦労の少ない楽器ならまだしも、ボーカルやフレットレスの楽器・バルブやキーのない楽器ではとっても演奏しづらい音程であり、古典和声を基礎にした音楽理論ではなるべく用いるのを避けるほどのシロモノ(旋律音程)です。
ですが、そもそも転調というのは自由にやれるもの。後続する調のドミナントさえ経由すれば、ほぼほぼ着地できてしまいます。
ここではFのコードに後続する和音のBが後続する調(元の調:Eメージャー)のドミナントにあたります。ドミナント(B)の前にあるFは、後続する調:Eメージャーの中にはない異質な響きなので、自分の調のドミナントに連結する和音としても異質です。
細かい話をすると、FはEにおけるドミナントの代理コードともみなせるので、実は代理のドミナント(F)を登場させたあとに本当のドミナント(B)を連続して登場させる流れ、つまり「F→B」をひとかたまりのドミナント項のように解釈するのも可能かもしれません。FはあくまでEメージャー調の外の響きで異質なのですが、実は理論にかなってもいるという高等芸に思えます。
あるいはEメージャーにとってのFコードは古典和声で学習することのあるナポリのIIのようにもつかえそうです。ナポリのⅡはⅣの変異形のようなもので、F→B→Eの動きは単にEメージャー調のドミナントのBコードの前にサブドミナント(すこしひねりのある変化形)をはさんだに過ぎない……そんなコード進行とみることもできそうです。Gメージャー調とEメージャー調の支配がクロスし、端境の拡大が起きているようにもみえます。
いずれにせよ、突飛に感じる響きをぶちかまして元の調に戻る動きは緊張と弛緩の光陰です。「現在」と「昔からある場所」の対比を私に思わせます。
歌詞
“「記憶の中でずっと二人は生きて行ける」君の声が今も胸に響くよ それは愛が彷徨う影 君は少し泣いた? あの時見えなかった”(MY LITTLE LOVER『Hello, Again ~昔からある場所~』より、作詞:KATE(小林武史))
歌詞に鉤括弧を用いているようです。鉤括弧内を、“君の声”が言っているのでしょうね。1人の歌手が続けて歌う場合、見た目の上での鉤括弧の効力のほどは弱いでしょうけれど、歌詞を「見る」楽しみを補足してくれます。あるいは、鉤括弧内が“君の声”の内容ではない場合もなくはなさそうです。
“君は少し泣いた?”に至っては本当に、歌を聴いただけでは疑問形かどうかわかりません。ほとんどの場合、「君は少し泣いた(過去完了)」ととらえるのではないでしょうか。
ただ、そのあとにつづく“あの時見えなかった” があります。鋭い人なら、聴いただけでも(文面を見なくても)二文の関係を理解するかもしれません。あの時見えなかったので、君は少し泣いたかどうかが定かではないというシーンが見えてきます。
見た目と聴感上の意味の伝わりやすさの差異はさておき、過去をかえりみている歌でしょう。昔からある場所は今につながっていて、あの時の主人公や君と主人公の現在地を結んでいます。
感想
高校の時に一緒にバンドをやっていた友達がMY LITTLE LOVERの曲を好きだったなと思い出します。歌詞を文面で見たのは私は今回がはじめて。見た目の細かい演出(鉤括弧やクエスチョンマーク)があったのは知りませんでした。
転調の妙もあらためて味わいました。転調するときと元の調にもどるときのコード進行の繋ぎ方が対称的(滑らか⇔突飛)なのは発見でした。そういう意味でも、過去と、それをかえりみる現在という対称の主題がよく表現されているし、サウンド面もそれに適っています。MY LITTLE LOVERの歴史においても、Jポップのヒットソングのあゆみにおいても見どころある1曲ではないでしょうか。
青沼詩郎
ご笑覧ください 拙演