ホンキをだして 酒井法子 曲の名義、発表の概要
作詞:森浩美、作曲:筒美京平。編曲:船山基紀。酒井法子のシングル(1989)。
酒井法子 ホンキをだしてを聴く
ときおり、ふと語源の気になる独創性のつよい語彙、ひとつづきのフレーズに出あうことがあります。たとえば胸キュンなんてことばもあって、山下久美子さんがきっかけになって流行ったという説があります。それで、『君に、胸キュン。』というYMOの楽曲もひどく私の心をつかむものです。
「おもい・おもわれ・ふり・ふられ」は胸キュンよりだいぶ長い呪文ですが、ひどく聞き覚えのある語彙だと思います。そのお初が誰にあるのかなんてこれまで考えたこともなく、いつのまにか触れたことがあって、その出自について関心をもつことすらありませんでした。
これ、ひょっとしてこの酒井法子さんの楽曲『ホンキをだして』が初、つまり震源となる言葉なのでしょうか。作詞は森浩美さんです。あるいはもっと前から存在した呪文なのか? 作曲が筒美京平さんだという点も私の関心を強固にひきつけるポイントです。
編曲者が船山基紀さん。自身で編曲まで一貫する作品の多い筒美さんですが、そうでないものの編曲者候補としては船山さんが最もさもありなんという気がします。
『ホンキをだして』は1989年シングル発表で翌年ベストアルバム収録ということで、この時代のアイドル音楽のレギュラーメニューこれぞサウンドといいますか、このまんまボーカルを抜いた音源がカラオケ屋さんから聞こえてきそうなサウンドです。
キックとスネアの「ドンカン」が硬質で耳の注意をブっこわしに来るくらい強烈です。このまっすぐなビートに乗っかって頭をたてに降ってのりピー(あえて愛称で失礼します)の歌声をキメて酔っていればもうこの楽曲の本懐に触れた気がするくらいです。
ドラムトラックの音と張り合うことなく、オシヒキのバランスをとるみたいにベースの主張が淡めの音色です。
酒井法子さんのボーカルのメリハリ、ひっこむところの淡さに人間的な揺らぎを感じます。メロの軽く歌うところはファンの鼻息でマスクされてしまいそうな繊細さを備えて思えます。人間くささを抑えた感じのバックグラウンドボーカルの支えが、なんだか私に「カラオケ対応ばっちり」的なサウンドの性格を思わせます。酒井さん自身の声のダブなのか? スタジオミュージシャンの発声なのか? どっちでもいいやと思わせる程度に「臭み」をブリーチした感じのスッキリしたサウンドが酒井さんの妖うく可憐な歌唱を麗しく強調します。
生の演奏としてのニュアンスを感じる楽器の音はエレキギター。エレピの音はサンプルされたトーンをキーボードで演奏した感じでしょうか。肉体性を感じるトラックがおおむねボーカル中心に絞りこまれているので、自然に酒井法子さんというアーティストに集中できるサウンドになっています。
猛烈なシンセの16分割のリズムの埋め尽くしなんかが私の耳を引くのですけれど。筒美さんの作曲とと船山さんの編曲、森浩美さんの言葉の発明(おもいおもわれふりふられ……)、酒井さんの麻薬的な歌唱の魔性がかけあわさって私の夏をトロませてしまいます。
エンディングではノーランズ(Nolans)の『Gotta Pull Myself Together』のボーカルメロディを思わせるモチーフがおもむろに顔を出します。世界のポップスの雑多な語彙に対しての浮つき、言葉が悪いかもしれませんが軟派、よく言えば感度の高さ、フットワークが軽く決議の早いレシーブ力とサーブ力は非常に筒美京平さんらしいと思わせますし、氏と作編曲の手技手腕で深くつながっているであろう船山さんを感じるところ(たとえばの参考記事:BRUTUS>昭和歌謡の作り手たち。編曲家・船山基紀「ヒット作りのコツを筒美京平先生から教わった」)です。お二人のうちどちらのアイディアなんでしょうね。アウトロですし編曲の範疇かなとも思いますが、ときに、筒美さんが作曲だけを担当した作品のなかにおいても、初期段階(デモテープの段階?)からかなり細部の具体的なアイディアが込められている場合もあると聞きますから果たしていかなるものか。
いずれにせよ、ノーランズ(Nolans)の『Gotta Pull Myself Together』(1980年)を参考に、恋愛を主題にした隅におけない愛嬌を放つ主人公が強調されるような楽曲を目指して制作したのかなと邪推します。それは酒井法子さんの魔力と相乗して独特のくすぐったさを発揮したと私は評価します。
青沼詩郎
『ホンキをだして』を収録した酒井法子の『ゴールデン☆ベスト』(2017)
『ホンキをだして』をアルバムとして最初に収録したと思われる酒井法子のベスト『Singles 〜NORIKO BEST〜』(1990)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ホンキをだして(酒井法子の曲)ギター弾き語り』)