親愛の口調

「〜か?」といった口調は上から目線ではなく、あくまで対等、フラットな立場だからこそ。親しい中にも礼儀あり、といいますが、親しいからこそ過剰に丁寧なしゃべり方を省くことで表現される親愛や気遣いもあることと思います。この楽曲『案山子』にはそれをいっぱいに感じます。さだまさしさんの代表作のひとつであろう『関白宣言』にもみられる特徴でしょう。

雪一面の景色に、ぽつんと佇む案山子を目にしてのインスピレーションでしょうか。寒く厳かな環境に立つ案山子が、実家を出てほかの街に行ってひとり奮闘する家族に重なるようです。

ハーモニカやオーボエのくっきりとした音色の輪郭が、孤独な哀愁あるフィールを醸します。

案山子 さだまさし 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:さだまさし、編曲:渡辺俊幸。さだまさしのシングル(1977)、アルバム『私花集(アンソロジィ)』(1978)に収録。

さだまさし 案山子(アルバム『私花集(アンソロジィ)』)を聴く

心が漂白されます。雪一面の景色のように。か細いろうそくの炎ひとつ吹き消してしまわぬような優しい歌唱に心が解れます。

アコースティックギターのふりそそぐような明るい粒だちのアルペジオは、指にはめるタイプのピックを用いて演奏しているのでしょうか。スティールギターのポルタメントがやさしく立ち上がり、多彩なニュアンスをみせます。ときおりハーモニカの描線と白い空でシンクロナイズドスイミングを演じるみたいに浮かび上がります。鼻に薫る潔白なそよ風みたいに、丸くやさしくころころとマリンバのトレモロが転がります。

エレキギターがたまにン、チャカっ……などと、レゲエみたいな裏拍のストロークをみせます。スティールギターのバカンスチックな音色とあいまって、暖かさ、温暖な気候を思わせるのです。歌詞の内容、それからひっそりと静謐なボーカルの芝居は銀世界の寒冷気候のよう。南北半球の気候がクロスしたような独特な、イマジネーションの世界の温冷折衷が魅惑です。

オーボエの音色、ハーモニカの音色。これは息そのものなんですよ。管楽器、人の呼吸を用いたリード楽器って本当にいいですね。AI音楽がいくらはびこっても私は生涯生演奏を聴くと思います。

歌詞の描く情景、心情

「〜か」の脚韻

“元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか 寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る”(『案山子』より、作詞:さだまさし)

親しい仲、あるいはきわめて対等で平坦な水平関係だからこその口調、語末の「〜か」はきっぱりとした印象をもたらすとともに、何をかくそう脚韻そのものです。そしてフレーズを「今度いつ帰る」と、ここまで脚韻(〜か)の縛りをおもむろにはらっとほどき、素直に率直に、両者の間に漂う「縁」から発せられる心情を帰省の打診という至って世の中における普遍的な慣わしの体裁を憑依して吐露します。

「都会」と「雪景色」を重ねる独創性

“銀色の毛布つけた 田圃にぽつり 置き去られて雪をかぶった 案山子がひとり お前も都会の雪景色の中で 丁度あの案山子の様に 寂しい思いしてはいないか 体をこわしてはいないか”(『案山子』より、作詞:さだまさし)

都会と雪景色を重ね合わせにする独創性が照り返す雪面のように眩しいです。コンクリートジャングルと表現されることもある都会。遠くから眺めるには、私もあそこ:人のあつまっている街で何か楽しいことに携わる一員になってみたいと思わせもするのですが、いざその地に身を投じてみると、無機質な冷やっこさが肌を刺すのです。

案山子を「ひとり」と人間のように数えてみせます。じっと、環境に耐えている生身の人間の所在を思わせます。雪が解ける季節をじっと動きを少なくして耐え忍ぶ様子なのか。消耗を極力減らし、時期を待つというのもある種の積極的で最短の戦略かもしれません。

水平の仲

“手紙が無理なら電話でもいい 「金頼む」の一言でもいい お前の笑顔を待ちわびる おふくろに聴かせてやってくれ”(『案山子』より、作詞:さだまさし)

いくらなんでも「金頼む」だけはあんまりだよというくらいに直球で完結です。か・ね・た・の・む。五音です。俳句や川柳の上の句か下の句かよというくらいにきっぱりしています。あるいは、ここまでの私自身の文脈に相乗していうなれば、それもやはり、身内だからこそ、本題に対して余計な気遣いを省くことこそ、スムースでホットなコミュニケーション、最適化された意思の疎通たりうるのかもしれません。

この歌の主観の持ち主自身が「お前」の声をたまには聞きたいと言うのではなく、あくまでおふくろに聴かせてやれと進言するのです。やはり、この歌の主人公とお前は、垂直方向の関係ではなく水平方向の関係であることをなおさら思わせます。そして、おふくろという、共通の個人とある種の垂直方向の関係を結んでいる者同士、という水平の同類・同志の関係を暗に私に思わせますし、水平の仲だからこその、ある種ぶっきらぼうでおまかまいなしの親愛が身に沁みるんですよね。

最低でも月に1回くらいは、さださんの歌を目を閉じてこっくりと聴く機会を持つと精神衛生に良い気がします……(まるで自分も都会の雪景色で耐え忍ぶ案山子になったような口ぶり)。

青沼詩郎

参考Wikipedia>案山子 (さだまさしの曲)私花集 (さだまさしのアルバム)

参考歌詞サイト 歌ネット>案山子

さだまさし オフィシャルサイト

『案山子』を収録したさだまさしのアルバム『私花集(アンソロジィ)』(1978)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】親愛の口調『案山子(さだまさしの曲)』ギター弾き語り』)