聴く
びっくりするくらい音が好みです。エンジニアさん、誰なのでしょう。プロデューサーは吉田拓郎さん。猫メンバーは吉田さんのバックを務めたそうです。サウンドに勝手ながら親和性を覚えます。
左右に独立感のあるトランペットが華やかです。ザ・ビートルズ『ペニー・レイン』の間奏を思わせる音遣いが全編に渡って肯定的な哀愁を漂わせます。
左右でトランペットがかけあい、真ん中には低音の金管。トロンボーンでしょうか。サックスも出て来ます。低めの音域パートは真ん中。バランスの良い良い定位です。
左右に「ウー」系BGV(コーラス)が清涼感をほとばしらせます。ストリングスがこのあたりの音域や役割を担うアレンジも世に数多あると思いますが、声で勝負しバンドメンバー由来の音の純度を高める、称賛すべき態度でしょう(外部の人の乗り込みの声だったりして? 分かりません)。
しゃがれたブルージーな内山修さんの声が私の胸をつかんでぐしゃぐしゃにしてしまいます。声の力は本当にすごい。メロののどかさとサビのすぼまった緊張感あるくぐもった響きが対になって豊かな表現。各駅停車のあゆみがしんしんと私の心に雪のように注ぎます。
『猫5』収録版
キーがオリジナルのDからCに下がり、ゆったりと回顧する後日譚の様相。哀愁がさらに増しました。内山さんのボーカルのエイジングが私の涙を誘います。オリジナル版の時点でもアーシーな個性だったと思いますが、時を経て苦味をかき分けた向こう側の甘味を絞り出す深い感慨をくれます。
複弦楽器の響きもアプローチが全然異なりますし、サビの出口付近のⅥ♭→Ⅶ♭→Ⅰのコード進行もオリジナル版にないドラマティックな帰結感です。オルガンの伸びがコンパクトな編成に暁光をもたらします。
オリジナル版の発売から30年あまりを経た2005年頃に至っても、まだ新しい朝を繰り返す現在進行のグループなのだと提示する様相で勝手ながら感慨深いです。
各駅停車
歌詞は喜多條忠さんで、吉田拓郎さんの作曲と共同した作品でも知られる方と思います。
アグネス・チャンさんや柏原芳恵さんが歌った『ハロー・グッバイ』。
吉田拓郎さん作曲で梓みちよさんが歌った『メランコリー』。
といった作品も喜多條忠さんの作詞ですね。
『各駅停車』のオリジナル版の1・2コーラス目の間に挿入された新録版コーラス“鉄橋が見えてくる”以降の部分は70年代の当初から存在したがその収録時には歌わなかっただけなのか、2000年代の新録までに書き加えたものなのか。
70年代版のものは演奏や全体のアレンジに比重があり、トランペットやサックスの導く大団円を堪能できます。長い後奏で各駅停車の線路が延々と続く余韻や余白に浸れるアレンジです。
2000年代の3コーラス版で、ボーカルミュージックとしては完成した印象を受けます。歌い継ぐなら3コーラス版が良いですね。繰り返しますが内山さんのエイジングされた声のインパクトは質量を増して感じます。私の心に深く刺さります。
急行とか準急とか、シチュエーションや利用する人の求めに応じた機敏で器用な環境づくりができることも、生きるうえで重要だとは思います。
でも、個の人生に急行はない。今日があったら絶対明日があります。その次は明後日。生き続けていればの話です。人生に一個飛ばしはないのです。
誰かと、たまに久しぶりに会ったとき。メディアに有名人が久しぶりに姿を見せた時。観測する側の人は、過去に最後に消息を確認したときぶりの生存情報の更新になるけれど、その人(たとえば久しぶりにメディアに現れた有名人)の中では、連綿と昨日・今日・明日の「各駅」がならび、続いているのです。
モチーフ選びに、地道な個の生とその有様、ディティールが重なります。歌の題材としての恋慕以上に、個人の毎日の存在を肯定してもらった気がするところが、私が猫『各駅停車』に感動する理由のひとつです。
青沼詩郎
『各駅停車(Album Version)』を収録した猫のアルバム『猫・あなたへ』(オリジナル発売:1973年)
3コーラスバージョンの新録『各駅停車』を収録した『猫 5 For Life Special Edition』(2008年。オリジナル発売:2005年)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『各駅停車(猫の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)