離別へと向く光速
冒頭につく“ハーバーライトが朝日に変る その時一羽のかもめが翔んだ”(『かもめが翔んだ日』より、作詞:伊藤アキラ)のセクションが、メロともサビとも違ってたった一度きりのパターンになっており、導入として映像や景観を描写するとともに、作品を総括しすべてを凝縮し意匠を冠し神秘的です。「かもめを客観するかもめ」目線よろしく……
足取りが細かいハープシコードのなめらかなメロディと装飾をつけた音形は羽ばたき、身をひるがえし、強い風に吹かれながら、身体のコントロールの手綱を負けじで握るひたむきなかもめの姿を思わせます。サビの病的なまでにサイケデリックな火花散らんばかりの猛烈なピアノのアルペジオが印象的で、演奏担当は名手:羽田健太郎さんによるものとのこと。
Dm調を主に、ときおり平行調のFメージャーの響きを吸い込み肺に暖かな空気を導きます。
主な調がDmだと解釈できますが、サビの冒頭のコードがいきなりDメージャーになっていて、直後のGmコードに接続するための副次調Ⅴのコードになっていて、かもめが翔ぶ挑戦と成長と必然・自然とともに精神の動的なハイライトを音楽上の響きのフックによっても意匠している点がドラマティックです。その劇的な副次調に渡るコード進行と共鳴し、メロディも「かもめ」のところで「レ・ミ・ファ#」と臨時記号がつきます。一瞬の出来事ですが、この楽曲の燦然たる輝きをつきつめたとき、この一瞬がいかに重要かを悟ります。かもめが翔んだ、その一瞬こそがこの楽曲の曲名(主題)になっているのですから。
サビの冒頭で「かもめが翔んだ」をすかさず2度反復し、“あなたは一人で生きられるのね”(『かもめが翔んだ日』より、作詞:伊藤アキラ)と続くのです。手を離れる寂寥と自立の喜びは表裏一体。あるいは恋愛における別れ、決別をかもめの旅立ち、飛翔に重ね見ます。
失恋へと傾き、転がり、止められない速度に至ってしまう……光速のかもめのジョナサンかという心のわさわさした焦燥感を鮮烈なピアノが引率する質量に満たされた万全の編曲で朗々と表現します。
かもめが翔んだ日 渡辺真知子 曲の名義、発表の概要
作詞:伊藤アキラ、作曲:渡辺真知子。編曲:船山基紀。渡辺真知子のシングル、アルバム『海につれていって』(1978)に収録。
渡辺真知子 かもめが翔んだ日(アルバム『海につれていって』収録)を聴く
歌声の輪郭が引き締まっていて、自立した性格がすごいのです。この強い歌声にハーモニートラックも入ってくると、その寂寥感が倍加します。
リズムの鬼。右にエレキのリズム(カッティング)、左にアコギのスラミング。ウラ拍に決めるクローズドのハイハットに、表拍4つを強調するベースやドラムのキック・スネア。重力の加速度に私だけ取り残されてしまいそうなスピード感です。待って!行かないで!という気分になりますね。
猛烈なピアノが私の心に爆弾を投下してまわります。私の心はわさわさの動乱です。
ハープシコードの装飾音をひっかけたリードプレイが印象的ですが、何かの音色がレイヤーされている(重なっている)ように聞こえます。オルガンの音色でしょうか? ピッタリとシンクロしています。
最後のサビのリフレインに入る直前に、E♭→B♭→Asus4→Aとたった4小節ですが和音の響きの転換とリズムのキメによって景観を掻き回します。きりもみ飛行しているみたいです。間奏としてはかなり短めですが、「転」の機能をまっとうする必要十分なモーメント。
“人はどうして哀しくなると 海をみつめに来るのでしょうか 港の坂道 駆けおりる時 涙も消えると思うのでしょうか”(『かもめが翔んだ日』より、作詞:伊藤アキラ)
素朴な疑問をなげかけ、仮初の解答を提示します。自分自身が哀しくて海に来てしまって、その理由の説明をみずからこころみたような趣を感じます。
かなりのスピードで坂道を全力疾走しないかぎり、涙を降り飛ばし、乾かすのは難しいでしょう。それくらいの強度ある全力疾走を成立させるくらいに、この離別がもたらす影響は絶大なものなのです。
その飛距離の大きさ、感情の動きの軌道の規模感を、サビフレーズであり主題:曲名の“かもめが翔んだ”で見事に象徴してみせます。
青沼詩郎
渡辺真知子オフィシャルWebサイト Kamome’s nest へのリンク
『かもめが翔んだ日』を収録した渡辺真知子のアルバム『海につれていって』(1978)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『かもめが翔んだ日(渡辺真知子の曲)離別へと向く光速【ギター弾き語り・寸評つき】』)