悲しい気持ちで 吉田拓郎 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:吉田拓郎。編曲:鈴木茂。吉田拓郎のアルバム『大いなる人』(1977)に収録。
吉田拓郎 悲しい気持ちで(アルバム『大いなる人』収録)を聴く
こういう曲は詞先で制作するのでしょうか。言葉のストロークすなわち時脚が多い。それでも、吉田さんの数多ある作品のなかでの言葉の猛烈なたたみかけるリズムのなかではまだマイルドで平易なほうかもしれません。それにしても16分割のリズムで言葉が・メロディがこまかくバイブレーションしているのには違いありませんから、やはりこういうライミングを私は「拓郎節だなぁ」などと心の中で思うのです。
自然にポンとライミングという言葉を思いつきましたが適確かどうかわかりません。フロウというのかな。表現者の哲学と、肉体的な癖っ気がカクテルされて独自の表現になっている。いずれにしても、私はその独創性の高さを評価しているのです。
じゅんじゅんと広がるシンセサイザーのトーンがアクセントに。チェンバロの音色もきこえます。ピアノは絢爛にリズムと和声をずんずん押し出します。メロトロンなどもアルバムにクレジットされているようですがこの曲のどこかでも使われているのかどうか。
チャカポコとワウギターがあやしげに警鐘を鳴らします。声色をかえながら16分割のグルーヴ感をバンドメンバーに提示し引率するみたいです。ドラムは大またぎでシンプルな分割でキックとスネアでとっていき、フィルインで猛烈に随所をひきしめます。タムやライドで定位感を強めに出します。ベースの音色がマイルドに、刻みすぎず、浮遊感ある重音のフレーズなども交えたバランス感が良好。右のサイドのほうからアコギがきらきらした音色で薫ります。シュクシュクと振りもの楽器はシェーカーかマラカスか。最高の1発、ここぞでビブラスラップが轟くところも私好みです。
限られたメンバー数でライブにおける確かな再現性がありそうなサウンドにハナと熱量を加えるトロンボーンがリッチです。
拓郎さんのボーカルは常にダブルトラックになっていて、バンドの輪郭とパワーもしっかり出ているなかで、中央から必死に存在を叫ぶように響きます。ハーモニーなどのトラックはなく、どこか孤独で哀愁が漂います。
“生きて行くには 愚かにやさしく 利口にそのうえ だらしなく 喜びがあれば 天にも昇って 悲しみの時は うちひしがれて 待つ時もあるさ 急ぐ時は走れ 今日は空も くもり模様じゃないか”
(『悲しい気持ちで』より、作詞・作曲:吉田拓郎)
人生の浮き沈み、バイオリズムの沿道の多様さを対比の効いた言葉選びで描写します。この歌にただようぬぐえない中庸さ、グレーな色合いは歌詞を締めるくもり模様に通ずる命題だったのかもしれません。空模様ばかりは個人の手じゃどうしようもない。地球の、宇宙の活動、個のうごめきの模様だからです。
でも個の動きが個体ひとつに干渉することで、風が吹けば桶屋が儲かる的に空模様も変わっていく。その一石を投じたきっかけが自分の行動であることを特定するのはあまりにも難しいところがご哀愁ですが、生きる意味を見出せるのってそんな瑣末なことだけだとも思うのです。その微かな明かりを頼りに、くもりの先の未来に今はみえない太陽を望んでいるのです。
青沼詩郎
『悲しい気持ちで』を収録した吉田拓郎のアルバム『大いなる人』(1977)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『悲しい気持ちで(吉田拓郎の曲)ギター弾き語り』)