永遠で進行形のmatsuri
4和音以上の垢抜けた都会的な響きのⅣ-Ⅱm-Ⅲm-Ⅵmのコードパターンのリフレインを基調に、R&Bのファルセットボイスじみた色気のある声色によるラップあるいは自由詩の朗読をかけあわせた独自のスタイルのヴァースにきわめてメロウかつ卓越した美メロディのコーラスが続きます。このシンプルなセクションの反復を基調に、高域ではギターが狂い咲くことのみを生業として陽動する空軍のよう。地面では陸軍あるいは忍者が暗躍するみたいに32分割のゴーストノートのまきびしを一心不乱にばらまきつづけるドラム、100mごとに標識の打たれた高速道路の沿道みたいにベースがギュッギュッと音を止めるなど暗躍。
(ⅰ・・・ⅱ・・・ⅳ・ⅴ)×2、(ⅰ・ⅱ・ⅳⅴ)×2、(ⅰⅱⅳⅴ)×4……とピッチ(間隔)を狭めながら未知が迫り来るかの如しイントロはここのみにつく独自のセクションで楽曲中再現はありません。狂い咲いたような激烈さと繊細・静寂のヴァースの対比・落差が印象的なABセクションが織りなす本編の荒波が人間の感情の起伏を想起させるのに対して、このイントロ部分はモチーフ(音形)のフォルムが極めて明確かつ機械的で人の感情をやり込めに来る強大な試練の来襲、個々の生物が抗いようのない宇宙規模の輪廻などを私に想起させます。
サビのフレーズはおおむね “貴様に伝えたい 俺のこのキモチを”(『Kimochi』より、作詞:向井秀徳)のリフレイン。乱暴でガサツなのか丁寧で真摯で紳士なのか振れ幅があるコワくも愛おしくもある人格が真実味とウィスキーボトルを抱えて私の心の扉を朝に夜に叩きに訪れます。
私が高校生だった頃に軽音楽同好会の仲間と話題にし讃えあった思い出種であるというのが私がこの楽曲に寄せる印象の一面です。またこのアルバム収録のほかの楽曲にも渡って込められた数多の愛おしくも堕落した鋭く刺す「向井語録」たる歌詞、音の断片の織りなす永遠のmatsuriに心踊る日々があの日の延長にある現在そして未知へと回転しながら続きます。
Kimochi ZAZEN BOYS 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:向井秀徳。ZAZEN BOYSのアルバム『ZAZEN BOYS』(2004)に収録。
ZAZEN BOYS Kimochi(アルバム『ZAZEN BOYS』収録)を聴く
左に定位したメインのリズムギターが病的なほどに遠くドリーミーな音像。シューゲイザー、ハードロック、R&B、メタル、ヒップホップ、民謡……多様な要素が交雑する極彩色のまぼろしの都市のmatsuriです。
左寄りのギターの遠さはまるで記憶や思い出の象徴。遠く儚いものが存置されている地点を記念碑のように扱います。対して、ボーカルや右寄りのリード・オブリガードギター、あるいはベースやドラムもごく近くてドライ(残響がほとんどない)な音像です。儚く遠い、記憶のなかにふわふわと浮かんでいるアレ(Kimochi)といまこの瞬間にスタジオに詰まって音を鳴らしているオレらとのあいだに横たわる頑強な乖離、飛距離、隔絶を嘆き、恋し、欲し、叫び散らす激情が音にあらわれます。
ベースの音色はアンプ経由のマイクの自然なエアー感を私に思わせます。ヘッドフォンで聴くと明瞭で丸みのあるキックのアタック、その自由なストロークパターンがmatsuriに及ぼす指揮権の絶大さを実感します。右のリードギターも非常にドライで、音を出すかあるいはピックの先っぽが僅かに高音弦に触るか触らないか……という無音と有音のあいだをたゆたう空気の機微が伝わってきます。一期一会のsessionの永続ですね。
この楽曲をテレビのスタジオセッションで、向井さんとエレクトリックギターと椎名林檎さんが演奏していたのを観た記憶があります。激烈なバンドのサウンドが印象的なトラックですが、楽曲の骨子自体に審美と確かな輪郭、起伏の機微があります。コードギターと歌だけで演奏しても美しい名曲です。
青沼詩郎
参考Wikipedia>ZAZEN BOYS、ZAZEN BOYS (アルバム)
『Kimochi』を収録したZAZEN BOYSのアルバム『ZAZEN BOYS』(2004)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『Kimochi(ZAZEN BOYSの曲)永遠で進行形のmatsuri【ギター弾き語り・寸評つき】』)