精神の自由のために闇を駆ける
トコトコトット……という恒常的なリズムが儀式的です。ワールドミュージック、世界のどこかに存在する何らかの音楽スタイルのリズムパターンを借りてきているのでしょうか。個人の感情よりもずっと外側にある、あるいは個人の感情をおさえつけてマウントし従わせる伝統や風習や権威の象徴がこのリズムに込められているのかもしれず、「禁じられた恋」の主題の通り、主人公に抑圧をかける主体、巨大な観念が存在しているのを思わせます。ブブブブブッブ……と「トコトコトット」にユニゾンする管楽器?の音色も妖しげです。
”禁じられても 胸の炎 燃えたつばかり 消えないの 恋をすてろと言うの むごい言葉よ それはわたしにとって 死ぬことなのよ”(『禁じられた恋』より、作詞:山上路夫)
精神の自由にしたがって導く希望に向かって行動することこそ、個人の幸せにつながります。それを抑圧されたり、主題にも冠されている通り「禁じられる」ことは、個人の精神の死を意味します。歌詞に死ぬ、などといった表現が出てくるとドキリとしますね。大衆歌において頻繁に出てくるわけではありませんが、だからこその挑戦の態度を込めてなのか、たまに歌詞にも「死」といった直接的な語彙も見られます。この楽曲『禁じられた恋』においては、おのれの精神の自由を阻む存在・観念への静かなる抵抗として必要だったのが、この直接的な表現「死ぬことなのよ」だったのでしょう。この情念の重みを、森山良子さんの瑞々しい歌声が清涼感や儚さを損ねることなく見事に表現します。
短調の曲において和声的短音階などを用い、和声にも属七の和音をズドンと用いると独特の重みが出てしまうものですが、この『禁じられた恋』はナチュラルマイナーの和音と音階を用いていて、儚げなかろみがあります。己を客観しているような物静かな平静さが感じられて、機微があり耽美です。
”あなたを求め 闇の中を 駆けてゆきたい 私なのよ”(『禁じられた恋』より、作詞:山上路夫)
しかしながら、己の自由のための願望すらも一歩離れたところから客観しているようなかろみもあります。そこが儚く感じられる一因でしょう。
楽曲のこの独特の情念めいた雰囲気は1953年の織井茂子さんの楽曲『黒百合の歌』(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而)を参考にしているといいます。
禁じられた恋 森山良子 曲の名義、発表の概要
作詞:山上路夫、作曲:三木たかし。編曲:高見弘。森山良子のシングル、アルバム『禁じられた恋』(1969)に収録。
森山良子 禁じられた恋(同名アルバム収録・配信)を聴く
メロのボーカルがダブルになっています。そぉっとささやくような、極めてソフトな歌唱の描線が複数になっているので輪郭がぼけて「儚い」という印象を私に強調しているのでしょう。対してサビで朗々としたニュアンス、声に輝きが出てきます。森山さんの歌唱のメリハリ、ダナミクスの振れ幅に浸ります。
エレキギターのこれでもかという残響づけが場末感なんですよ。スナックとかで歌われる曲の雰囲気を連想してしまいます。存在感がありますね。複弦楽器のような、あるいは複数本のモチーフを重ねているみたいにも感じるギタートラックが楽曲のキャラクターを決める成分の多くを掌握しています。
スティールギターも入れられているのが耳を引きます。極めてソフトな音色です。この楽器の音色を聴くと私は反射的にバカンスや極楽といった観念を想像するのですが、不思議とこの『禁じられた恋』に用いられたスティールギターからは「闇」を想像します。全然極楽じゃないんです。深刻な問題がズドンとつきつけられて、そのまま解決も図れずに己の精神の海をフヨフヨと漂流しているみたいに思えるスティールギターが深淵。
チロチロとグロッケンなのかチェレスタなのかが輝きを添えます。『禁じられた恋』を収録した同名アルバムには『一番星の歌』も収録されており、『一番星の歌』を聴くに、他の星がのぼってしまえば一番星はいとも簡単にうずもれて目立たなくなってしまう儚さが歌われている、と感じたのですが、『禁じられた恋』に込められたこのグロッケンあるいはチェレスタ的な金属質の音色にはそんな嘆かわしい輝きの儚さを感じるのです。『禁じられた恋』が1曲目に収録され、『一番星の歌』が9曲目に収録されているので、まるで後続曲の予告・予言が1曲目『禁じられた恋』に込められているみたい耽美です。
私の大好きなパーカッション、ビブラスラップもなかなか目立っています。カー!っという、ほかの何者にも例え難い独特の音色。使い方(使い所)にもよりますが、『禁じられた恋』では一種の緊張の緩和、カタルシス(浄化)のような役割にも聞こえて面白いところです。
シングルリードの音色はクラリネット?いえ、ソプラノサックスでしょうか。非常に耳ざわりが絹のような音色で、この楽器がリードをとった間奏明けに歌詞が”こんなきれいな恋を なぜわからないの”(『禁じられた恋』より、作詞:山上路夫)と始まるのです。「きれいな恋」の象徴が、このソプラノサックス?だったんだなと私はこくこくとひとり合点。
ブブブブブッブ……と妖しげな管楽器のリズムに重みがありますが、スネアの音がパサン!と極めて軽薄でメリハリがあります。キックドラムはこの曲には入っていなさそうです。パサ、という軽いスネアとハイハットがところどころで目立ってきます。
テープのときは「ベスト巻」?
このアルバム『禁じられた恋』の位置付けがよく分からなかったのですが(森山さんの公式サイトのディスコグラフィにも載っていないのです)、どうやらカセットのみで発売された異色のポジションにある作品の模様(“シングルのA・B面を中心に編成され、69年12月にカセットのみでリリースされた作品”とのこと)。異色……というか、シングル集+アルファの何か、といったベスト盤(盤じゃない)・企画盤(盤じゃない)なのですね。「盤」じゃなくてテープのときはなんていうかな。ベスト巻(まき)とか? しっくり来ないな……(笑) 1998年にCD化が実現し、晴れて「盤」になっています。
青沼詩郎
森山良子のシングル『禁じられた恋』(1969)
『禁じられた恋』を収録した森山良子の同名のアルバム(1969)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】精神の自由のために闇を駆ける 『禁じられた恋(森山良子の曲)』ギター弾き語り』)