まえがき
浜田省吾さんのキャリア初期にあるバンド活動:AIDO。タイトルになっている固有名詞が印象的で感傷の輝きがいつまでも及ぶ美曲です。 ロネッツのビー・マイ・ベイビーを想起させる、娯楽音楽界の絶対王者的ドラムリフを取り入れます。複数のボーカルレイヤーが可憐に交います。メロディのユニゾン(ダブリング)が至って精緻で美しい。ちりちりとした、まるでゲレンデのスピーカーから轟くようなエレキギターのアルペジオやリズムやそのサウンド、また“白いホーム”との歌い出しが冬を私に思い起こさせるのですが、“九月の夕暮れ”と具体的な時期が歌われもします。心のなかに幅のある季節の記憶がうずまき、感情がひしめいて思えるのは私だけでしょうか。 Ⅰ、Ⅵm、Ⅱm、Ⅴのコード進行もまたロネッツのビー・マイ・ベイビーを想起させる絶対にすべらないプロットです。ボーカルワークの情報量、その動きの華はサーフロックみたいにも思えますし、いまこの瞬間のあなたがどんな季節のなかに立っていても、その心のなかには通年が融けあっているのではないかと思わせる豊かさを含んでいます。 1975年のシングル曲で、2025年、アナログやCDで再発される(されている)のもタイムリーなニュースです(この投稿の執筆時:2025年9月)。
恋の西武新宿線 愛奴 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:浜田省吾。愛奴のシングル、アルバム『愛奴』(1975)に収録。
愛奴 恋の西武新宿線(『AIDO Complete Collection』収録)を聴く
ヘッドフォンで聴くと右と左に位置どるボーカルのかけあいの距離感がよくわかります。左の艶と低域の質量感あるボーカルの中心は浜田さんかと分かりますが、右のポジションの高さに響きの華があるボーカルで目立つのは山崎貴生さんなのか、あるいはメンバーほとんどみなさん歌われるようなので分かりかねます(不勉強で申し訳ありません)。
イントロにだけついて曲中に再現のない、ゆったりとした部分は、浜田省吾さんソロのセルフカバーバージョンだと拍点がどこにあるのかはっきりと分かりやすく、そちらを確認したうえでAIDOバージョンを聴くとおさらいが確かになります。
AIDOのオリジナルバージョンの話に戻ります。トライアングルでチリリリリ……と表現した発車ベルが耳心地よくほほえましい。
ドッドド、タン。と、ロネッツのビーマイベイビーをよく再現したのはドラムリフだけでなくピアノの8分割のダウンストローク、コード進行、行き交うボーカルレイヤーなど、大衆音楽の光に向かって誠実に手を伸ばす姿勢が好感です。
ドラムの音像がすごいですね。どこまでリマスターによる功績なのか。明瞭な輪郭とファットな質量感が頭抜けています。
エンディングには幹線道路を大型車両がぐわんと横切るような「西武新宿線沿線」感に満ちた環境音よ。鉄道が走り去っていく音、そしてコツコツと人の靴音が交います。みな、それぞれの目的地へ行くのか、帰るところなのか。エンディングの長さにシングルバージョンとの違いがあるようで、風景に残る余韻に長く浸れるのアルバムに収録されているほうのバージョンです。
西早稲田通りは架空の地名のようです。西早稲田駅なら副都心線の駅にあるようですが、曲のオリジナル発表よりずっとあとにできた駅。
青沼詩郎
『恋の西武新宿線』を収録した愛奴のアルバム『愛奴』(1975)
2025年に復刻されたシングル(CD)『二人の夏/恋の西武新宿線』
2025年に復刻されたシングル(アナログ)『二人の夏/恋の西武新宿線』
AIDO作品を網羅しリマスターした『AIDO Complete Collection』(2015)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】融けた通年の輝き 恋の西武新宿線(愛奴の曲)ギター弾き語り』)