演歌のぶんか
演歌って、あまり「アルバム」を出す風習がないのでしょうか。細川たかしさんの作歴を検索したら見事にシングルがズラリとならびます。
演歌だなんだと括ってひとからげに食わず嫌いするつもりはありませんが、あまり聴いたことのないジャンルといっていいのやらクラスター(房)といっていいのやら。
大滝詠一さんの作品を私はたいへん尊敬しているのですが、彼の作にしばしば「音頭」があります。音頭は音頭であり、演歌とはまた全然別だろうとは思うのですが、「音頭」あたりからじわじわと北上(南下?)していけば、そろそろ演歌と出会えそうな気もします。
私に細川たかしさんの『心のこり』という楽曲を自覚させてくれたのはシンガーソングライター仲間の友人で、ずっと前に私が、カバー曲をライブハウスでやりあうイベントを企画したときに旧知のご縁でお声がけして出演してもらいました。そのときに彼が演奏したカバー曲が『心のこり』でした。“流し”の仕事をタフにこなすこともあるという彼らしい選曲だったなと今ふりかえってみると思うのですが、その時はとにかく「この曲があったな!」と率直に思ったのを憶えています。選曲に歌い手のお人柄がよく表れるのがレパートリーでしょう。
そう、『心のこり』の“わたしバカよね…”のインパクトある唄の断片を私は認知していました。そういうふうに、うっすーーいライトなユーザーである私にも曲が認知されているってすごいことですよね。
演歌が本腰であっても、ポップスっぽい歌をうたって認知を広げるというのは演歌歌手のひとの定石のひとつかもしれません。
森進一さんは大瀧詠一さんの提供をうけて『冬のリヴィエラ』を歌いました。石川さゆりさんなら『ウイスキーが、お好きでしょ』とか? 森進一さんや石川さゆりさんを、単に「演歌歌手」と限るべきとも思いません。歌手として幅ひろく、高い質量を発揮することは表現者の輝かしいキャリアでしょう。
心のこり 細川たかし 曲の名義、発表の概要
作詞:なかにし礼、作曲:中村泰士。細川たかしのシングル(1975)。
細川たかし 心のこりを聴く
この隙のなさ。様式が定まりきった、完璧な意匠に思える音楽です。
ザ・演歌とはこういうもの!といえるほどに私は演歌について無知ですが、「演歌だなぁ」としみじみ思わせるのは細川たかしさんの歌唱のせいでしょうか。メロッメロな振幅の歌唱のビブラート。いえ、ビブラートと呼ばないのでしょう。こぶしと呼ぶのでしょうか。音程がはっきりと、伸びながら揺れている。上下しているのをはっきり感じるくらいの効き具合です。朗々とという形容詞がこれほどうってつけの歌唱も稀ではないでしょうか。こんな声が出せたらそれこそ無敵だなぁ。しみじみします。
ソフトでメロウなオルガンのようなトーンがトリプレットのリズムをやさしく刻みます。エレキギター、はかなげなハイハット……ストリングスがながれ、色めきツヤッツヤこれ見よとばかりのサクソフォン。この意匠のどこに隙がありますか? これだよね!と称え合って風呂上りに大うちわしながらビールでもかっこむ……脳内の富士山をバックに流れてほしい楽曲が『心のこり』です。題名に反してどこにも心のこりなどないさっぱり感よ。あっぱれ感の間違い?
“私バカよね おバカさんよね うしろ指 うしろ指 さされても あなた一人に命をかけて 耐えてきたのよ 今日まで”(『心のこり』より、作詞:なかにし礼)
なかにし礼さん作詞なのですよね。この全霊感。愛に全振り感よ。
尽くすこと、献身。あなたにはあなたの自由があります。あなたは自律した尊ぶべき一人なのです。にも関わらず、この献身ぶりを思わせる歌詞はいくぶん前時代的かもしれません。ちょっと聴くのもイヤだと拒否反応を示す人が現代にいてもおかしくないかも、とも思います。私は音楽として抵抗なく楽しめてしまいますが。
“私バカよね おバカさんよね あきらめが あきらめが 悪いのね 一度はなれた 心は二度と もどらないのよ もとには 秋風が吹く つめたい空に 鳥が飛び立つように 私も旅に出るわ 一人泣きながら”(『心のこり』より、作詞:なかにし礼)
未練があるのを思わせつつも、結局は自分の足であるいていくようです。泣きながら、というのは、まだ感情と心の足並みが完全にはそろっていない刹那なのかもしれません。しかし、理性が、ここにいてはいけないという。発つべきだというのです。
顔面をゆがめて濡らしながらも行く主人公。背中に手をやりたい気持ちです。秋の歌だったのですね。渡り鳥だったらば、寒い季節の到来にあわせて移動していくのでしょうか。
主人公にとっての「寒い季節」は、この失恋に重なるのでしょう。それがやってきてしまう以上、主人公も渡っていく時なのです。無情でありますが、たくましさにジンときますね。
青沼詩郎
『心のこり』を収録した細川たかしの『芸道40年記念 細川たかし全集 心のこり〜艶歌船』(2015)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『心のこり(細川たかしの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)