価値観の相違を詠む
この曲の発表当時はコロッケは高価な西洋料理との認識があったようです。現代、スーパーマーケットのお惣菜コーナーなどで購入できるて比較的庶民的・大衆的なB級グルメみたくとらえられがちであろう認識とはだいぶギャップのある社会背景のもと歌われた曲だったと推測します。
曲には歌詞が10番まであるそうですが、「亭主」目線の番と「ワイフ」目線の番が対照的になっています。
結婚してみたら……
・亭主目線:ごはんのおかずに年がら年中コロッケばかり出てくる
・ワイフ目線:亭主が家にめったに帰らないので年柄年中“留守居番”である
といった具合に、番によって目線(主観の主)の移動がある工夫が面白いのですが……
サブスクやネット上でアクセスできる音源で、亭主目線の番は男声、ワイフ目線の番は女声がパフォーマンスしている実演が見当たります。オペレッタ『ドッチャダンネ』のなかでも、ワイフ目線の歌詞の部分は女声のキャストが歌唱したのでしょうか。
目線が亭主になったりワイフになったりしますがコーラス(サビ)は共通で、笑い声(アーッハハッハ……)をあげて“こりゃ可笑し”と括るだけの単純なものです。平和な気もしますが、ことの深刻さを自ら嘲笑っていると深読みすることもできそうでおかしみがあります。
作詞者の益田太郎冠者は三井物産の創始者・益田孝氏のご次男。文芸趣味があり自ら喜劇脚本を執筆されるなど活躍した人とのことです。
コロッケの唄 大正の流行歌:浅草帝劇オペレッタ “ドッチャダンネ” 劇中歌 曲の名義、発表の概要
作詞:益田太郎冠者、作曲:不明(外国曲、パブリック・ドメイン)。1917年(大正6年)5月、帝国劇場初演のオペレッタ『ドッチャダンネ』劇中歌。澤村宗十郎が演じるたいこ持ちの男芸者・花丸が歌った。当初の題は『コロッケー』。
コロッケの唄(『懐かしの浅草オペラ』収録、演:楠トシエ・友竹正則・ボニージャックス)を聴く
亭主目線の1番、ワイフ目線の2番ののち、夢オチの3番が続きます。3番は男声と女声のオクターブ違いのデュエットになっています。
中央にリードボーカル。右に男声のバックグラウンド、左に女声のバックグラウンド。リードシンガーが楠トシエ・友竹正則さんということなのだとしたら、男声のバックグラウンドボーカルがボニージャックスか。女声のバックグラウンドボーカルはノン・クレジットなのでしょうか。リードボーカルにはカラオケ屋みたいなエコーがかかっています。大衆性を思わせる残響処理ですが、カラオケの普及前ってこうしたエコーのサウンドは聴く人にどんな印象を与えたのでしょう。
オケが軽快な曲調をゴージャスに魅せます。ヴァイオリンやらがリードボーカルの音程をトレース。サビのアーハハッハ……を折り返す「ランラランラン……」のところでトランぺットが加わってきていっそう華やか。そう、アーッハハッハ……のフレーズのリフレインかつちょっとだけ変形して再提示するのがランラランラン……のところなのですね。
サビに入る直前のカデンツに入る直前に、亭主の番では「うぃい〜?」、ワイフの番では「あ゛〜、くやしぃー!」、デュエットの3番では「へ、へ、へぁくしゅぃ!(くしゃみ)」と譜面に書きづらそうな演出が出てきます。楽曲のコミカルさをいっそう強調します。オケの絢爛なサウンドの品性と相まって振れ幅が大増長。
歌唱のリズムとユニゾンした小太鼓のストロークもいかにもなクラシック文脈のスネアサウンドで軽妙です。
ところであらすじなど読むに、この曲を劇中で歌った太鼓持ちで男芸者の花丸は脇役っぽくみえます。どんな話の流れでコロッケー(コロッケの唄)につながるんでしょうかね。
楽曲の主題になっているコロッケですが、まともにコロッケが主題として扱われているのは1番の歌詞のみです。コロッケやその他雑多なモチーフがある登場人物たちの周囲一体に対して、表層のモチーフのひとつである「コロッケ」がたまたま冠になったというだけのようです。このネーミングからして軽い。あえてわるくいえば軽薄ですが、そここそがこの曲の魅力であり鑑賞のしやすさであり、コロッケの存在感にも似た嫌味のなさを表現して思えます。その意味では的を射たネーミングにも思えます。
コロッケは油っこいからあんまり積極的には食べたくない、くらいのリアクションはありうるとは思いますが、コロッケが致命的に食べられない・味や食感が大嫌いであるといった人に私はまだ出会ったことがありません。かぼちゃとかさつまいもとか、カニクリームだとかとうもろこしだとか、混ぜ物(材料)やフレイバー次第でバリエーションも出せる美味しい料理です。でも毎日は嫌だね。
青沼詩郎
参考Wikipedia>コロッケの唄、ドッチャダンネ、益田太郎冠者
参考歌詞サイト 歌ネット>コロッケの唄(鈴木やすし・南地みつ春)
参考歌詞掲載サイト 世界の民謡・童謡>コロッケの唄 歌詞 大正時代の流行歌 コロッケ普及に貢献した大正時代のコミックソング コロッケの歴史の発端にふれつつ、歌詞を4番まで紹介しています。2番は夢オチで自分を笑う趣向がわかりやすいです。
楠トシエ・友竹正則・ボニージャックスが歌う『コロッケの唄』を収録した『キングアーカイブシリーズ⑧懐かしの浅草オペラ』(オリジナル発売:『コロッケの唄』を収録したDISC1は1964年8月、DISC2は1965年6月)
鈴木やすし・南地みつ春が歌った『コロッケの唄』を収録した『明治大正の唄全曲集(下)』(1993)。編曲:甲斐靖文。(参考リンク:ヨドバシドットコム)