まえがき
『僕の音楽キャリア全部話します: 1971/Takuro Yoshida―2016/Yumi Matsutoya』(新潮社、2016)。この本に『曇り空』についてもふれたページがあります。この曲に対してセルジオ・メンデスのイメージを持っていたというユーミン、それに応えるかたちで松任谷正隆さんのボーカルを入れるアイディアが実現したように読めます。私はこのアルバムの収録曲を代表曲『ひこうき雲』以外きちんと把握していなかったとき、初めて男声が入っているのに気づいたときはかなり意外だなと思ったと同時にアルバムの音楽性の幅広さについて評価をあらためました。このアルバムに対して天才少女ユーミンの宝石箱、個室の引き出しの中みたいなパーソナルな匂いのイメージを持っていたからです。
曇り空 荒井由実 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:荒井由実。荒井由実のアルバム『ひこうき雲』(1973)に収録。荒井由実のアルバム『ひこうき雲』(1973)
荒井由実 曇り空を聴く
ユーミンの声の繊細なこと。若く青青としています。バカでかい未知、可能性の広がりと少女性の極端な対比を思わせる歌声が可憐極まります。
これを暖かいトーンの男声がオクターブ下で支えます。松任谷正隆さんの歌唱です。これがあるから、光が差す希望の歌に私は思える。これがなかったら、社会の圧迫にこわれてしまった少女のガラスの心の歌だった……そんな印象を抱くのではないかと思うくらいです。私の印象のそんな「あったかもしれない結末」も確かに、繊細な傑作としてひとつ孤高の存在を示すことになったかもしれませんが、男声が入ったことによって補完される人生……人は求め合い、個に応じた個と協力しあって自然と生きることになる命運を思わせる、私にとっての「暖かい作品」になったのです。
パカパカと右側でコンガ、チーと鳴くトライアングルが分割と光彩をなします。
ドラムスは偶数拍にキックをおく。レゲエのリズムの「ハネ」感を取り除いたようなパターンです。
よく動くベース。ドラムスが風通しを確保するパターンをなしているのでベースの動きぶりが目につきます。稀有ですし千金です。よく動くし当然緩急のメリハリもあります。
帯域のキャラクターづけがなされたピアノのトラックが絶妙にウワモノとして機能します。
胸のあたりをいっぱいに鳴らせた、たとえばチェロやホルンみたいな懐の深みのあるフルートソロに私の胸の曇り空から天使の梯子がおりるかのよう。
Gマイナーを中心にあいまいな響きの和音を多用します。平行調のB♭にタッチしてはまたふらふらどこかへいってしまう。でもエンディングはB♭のT-S-T型のカデンツを繰り返してフェイド・アウト。やはり曇りの向こうの光を思わせるエンディングです。
青沼詩郎
『曇り空』を収録した荒井由実のアルバム『ひこうき雲』(1973)
参考書
『僕の音楽キャリア全部話します: 1971/Takuro Yoshida―2016/Yumi Matsutoya』(新潮社、2016)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『曇り空(荒井由実の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)