おまわりさんに止められる

自転車で走っていると、おまわりさんによく止められました。私の風貌がいけなかったのか、それとも走っていた時刻(おおむね夜の0時前後が多かった)が遅かったからか。その都度、乗っていた自転車の防犯登録の確認を求められました。

どこへ行くのか目的は何かといった会話に始まり防犯登録の確認が済むまでの時間は、場合によりますが数分間。これ、度重なると積もります。それくらい、私はおまわりさんによく止められたのです。たとえば1回3分間で済んだのだったとして、20回止められたら60分間。1時間のロス。私の差し出した協力に対して、時給くれないかしらと思ったこともありました(もちろん、くれるはずもありません)。そもそもおそらく義務ではなく、任意です。スイスイ帰って行きたかったところを止められると、多くの場合、あまりいい気分はしません。

せめて少しでも防犯登録確認作業が早く終わればいいと思い、防犯登録番号が確認できるシールが車体のどこに貼ってあるかを自らすすんでおまわりさんに教えることもありました。懐中電灯で車体をなめまわし、シールの位置を探るあのわずかな時間でさえ惜しいと思ったからでした。

そうした機会を重ねた末。あまりにも止められる機会が多いイライラが表出し、あるとき私は防犯登録シールの位置をすすんで教えるどころか、記憶してしまった防犯登録番号を自分の口で唱えあげました。呼び止められたら直ちに防犯登録番号を告げ、自分は直ちにその場を去りたかった。警官同士の無線連絡による確認作業はおまわりさん達だけでやっていただき、別れ際の挨拶やちょっとした会話も省略すれば、私にとっては1〜2分間の短縮になるかもしれないのです。

ですが、さすがにそれはしませんでした。おまわりさんからしてみれば、架空の登録番号を唱えて逃げていく自転車泥棒かどうかをその瞬間に判断できません。追ってきたり、「なんで逃げたのか」と問われたり、余計に時間を割くことになるおそれがあります。それに、私が記憶した番号を自ら唱えた主な目的は、ただ「イライラした態度のパフォーマンス」でしかなかったのです。今思うと、嫌なやつ。もちろん、特に過不足のない普通の態度もしくは紳士な態度で防犯登録確認の協力に応じたことがほとんどのつもりですけれど。

おまわりさんからしてみれば私は、やたら漕ぐ速度がはやく、若い男性(当時)で、耳や目にかかる程度の長さの髪型で、暗い色を中心にしたありふれた服装だったので、何かちょっと悪いことをはたらいて逃げ去っていく途中の人みたいにみえたかもしれません。あるいはその地域でちょうど自転車の盗難届が出ていた最中だったのかもしれません。実際、私がスイッチをオンにせず無灯火で走ってしまっていたため、注意を兼ねて呼び止めて防犯登録を確認したということも中にはあったように思います。1度か2度くらい、息を切らしながら死に物狂いの形相で私に追いついてきて呼び止めるおまわりさんに出会ったこともありました。ついてきているおまわりさんの存在に私が気づかなかったためです。

私がかなりの頻度で自転車の防犯登録確認の協力を請われるのは、いつの間にかなくなりました。頻繁だったのは、私が20歳代前半くらいまでだったかもしれません。

・どこへ行くのか ・どこから来たのか ・何をしていたのか ・これから何をするのか を訊かれることが多かったです。こうした会話の時間と、防犯登録番号の確認に要する無線応答の時間を含めると結局分単位を要してしまい、その機会があまりに多く積もりつつあったことに少々憤った思い出(?)です。

『黒いカバン』(泉谷しげる『GOLDEN☆BEST~Early Days Selection~』)収録)を聴く

演奏について 破調の弾き語り

リズムの秩序、音程のはしごを取り外し、うっぷんを散らすかのように言葉を置き、並べ、ぶつけます。破調。たたみかけてはスッと抜く。型破りですが、緩急に富みます。

2・4拍目を強調するアコースティック・ギターのダウンビート。軽快です。音を短く止める・抑えるところはタイト。オルタネイト・ピッキングでオープンに響かせるところも。ギターの表情づけで言葉に勢いを与えたり落ち着きを与えたりします。

Fメージャーキー。カポタストをもちいたようなテンション感あるハイポジ開放弦の響き。レギュラーチューニング・3カポDのローコードポジションで弾けば似たような響きが得られるかもしれません。

作曲について ウソとホントのななめ上

実話を元にしているでしょうか。警官に声をかけられた経験を持つ人は多いと思いますが、なかには(実際の悪事の有無は別にして)頻繁に声をかけられる人もいそうです。人相や風貌、持ち物の様子などにあらわれる特徴と、実際のその人の犯行や違法行為の有無の相関関係…否定できません。

泉谷しげる氏の人相を思うに、彼が黒いカバンを携えて路上などにいたら……確かに警察としては見過ごす前に一声かけるに至るのも自然ななりゆきかもしれません。

「カバン」にもいろいろあります。どんなカバンだったのでしょう。平凡なビジネスバッグ? アタッシュケースのようなものも「カバン」の類。ミュージシャンの泉谷しげる氏。何かの音楽機材を納めたハードケースだったのか?

泉谷氏自身の実話を感じるソングライティングですが、もちろんでたらめかもしれません。誇張や脚色もあるかもしれません。他人の経験の伝聞かもしれません。

歌詞を文字に起こすとかさばります。ギターを弾きながらブワァーっとしゃべりちらすように作曲したのではないでしょうか。間違っても、ノートのうえにちまちまと推敲した言葉をつづったソングライテングではないでしょう。テープレコーダーにでも一気に吹き込んだのでしょうか。

スリーコードのみ。コードチェンジの間隔やパターンの変化によっても緩急をつくっています。コードを三つに絞れば、歌いながら作曲しても手が止まったり進行に悩むことが少なくて済みそうです。

「おまわりさんに呼び止められた体験」をモチーフにした……このアイディアひとつが光ります。日常で誰にでも起こりうる、ありふれた場面。一方、泉谷しげる氏のキャラクターが引き寄せた、類まれな運と才覚のタマモノにも思えます。

凡人の私なら、素直に警官にカバンの中身を見せて通り過ぎるでしょう。そんな平凡な日記は、ステージに持ち込むには不足します。見せない自由や名乗り合う礼儀を主張し、対等に張り合ったしまいには警官を退けてしまう……非凡です。

主人公は、見せたら逮捕される物品を所持していた可能性も否定できません。なんとしても従うわけにはいかず、闘うしかなかった……と想像。それもサスペンスっぽくて面白い。

おまわりさんの最初の一声からして、ムっと来る声のかけ方だったのでしょう。出くわしたその瞬間からこいつぁ気に食わない! という経験、誰しもひとつやふたつあるのでは。歯車は最初にきっちりはめないとずっと噛み合いません。

実話かどうか。カバンの中身はなんだったのか。気にはなりますが、事実のナナメ上にポンと飛び出した漫談みたいな趣があります。

バージョン違いを聴く

『泉谷しげるライブ サブ・トータル』収録

ライブの高揚でしょうか。ギターのストロークが激しく、言葉(歌詞)の端々も過激に。ますます破調です。このバージョンの歌詞の中では「泉谷しげる」を名乗るシーンがあります。演奏時間はますます短くほぼ1分間。演奏のあとにMCを収録しています。

『春夏秋冬』収録

「大変なんだこれ」「これ歌じゃねぇんだからもう」とのぼやきを冒頭に収録。本人もよほどの破調、型破りである旨を自覚しているのかもしれません。このバージョンがオリジナル。ベストでは冒頭のぼやきをカットしたのですね。

『HOWLING LIVE』収録『黒いカバンPARTⅡ(Live)』

演奏時間は実質10秒程度でしょうか。ライブで定番になった『黒いカバン』を裏切るパフォーマンスか。「むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいませんでした」オチ。

『自画自賛』収録『黒いカバン(’91 NEW VERSION)』

ほぼ原曲どおりの再録。歌詞の改変もないようですが最後の最後だけ我慢しきれなかったみたいに語尾が暴れます。語りが流暢。さらに落語のように滑らかに、朗々としています。場数を踏んだ感じ。

余談 漫画『ハコヅメ』がくれた向こうの目線

最近『ハコヅメ〜交番女子の逆襲〜』という漫画を読んで、警察官一般に寄せる私自身の敬意が変化するのを感じました。これを読まなかったら、『黒いカバン』に登場する横柄な態度の警官に、主人公(泉谷しげる?)と一緒になって憤りを覚えたかもしれません。漫画はフィクションといえど、『ハコヅメ』によって「向こう(警官)目線」を知ることで、『黒いカバン』を平静な気持ちで「ちょっとエキセントリックなおじさんと、ある警官の日常」を描いた喜劇として味わえたのです。

『黒いカバン』に登場する警官の横柄さを擁護したいとは思いませんし、警官に限らず、どんな立場の者とも丁寧な態度で関わり合いたいと思います。未知の相手の日常の様子に少しでも想像が及ぶと、優しくなれるもの。漫画や歌などのフィクションがそのきっかけや助けをくれることは多いです。

追記 作詞:岡本おさみ

自身で作詞と作曲の両方を兼ねた作品の多い泉谷しげる氏の例によって『黒いカバン』もそうだと思い込んでいました。実際は岡本おさみによる作詞だとあとから知りました。

誰にでもあるありふれた出来事である点には変わりなく、泉谷しげるにおいても例外ではないようです(参考になったサイト『TAP the POP』>『最初からヒットの道が閉ざされていた泉谷しげるの「黒いカバン」』をリンクしておきます)。自作の詞かと見紛うほどに泉谷しげる本人のキャラクタと波長が合っています。コミックソングのような趣もありますが、安易な分類づけを跳ね除ける輝きがあります(「黒い」カバンですが……艶のある黒。黒光りですね)。

歌詞が先にあるからこそ、ギターをかき鳴らしながらブワァーーっと言葉をのせる作曲でこのような作品になったのかもしれません。たたみかけるようなスピードある言葉はときに寄ったり押したり。音楽における小節という部屋の中、拍子という間仕切りの間にひしめき、はみ出し、逸脱しかかっては収まります。スリリングで楽しい。

岡本おさみの作詞で最近私が鑑賞したのは、吉田拓郎が作曲し森進一に提供した『襟裳岬』。さすらい、至った場所でひらめきの針が触れた一瞬の空気が鮮やかにパッキングされた歌詞が魅力です。おまわりさんとヒリつきかけた?、ありふれたような特殊なような束の間を、度胸をもって思い切り良く描いた『黒いカバン』と、その鮮やかさにおいて通底した作風があるかもしれません。また、分業した歌手あるいは作曲者の表現との親和性においても、ふたつの曲には甲乙つけがたいほどの新鮮な驚きがあります。『襟裳岬』についても、作曲者の吉田拓郎が自身で書いた詞かと私は思いました。

日常、あるいはちょっと特別な一瞬の情景、情動、心象。おれのものでもあるし、きみのものでもある。普遍や通底、根っこのつながりを尊重する表現を志向したすばらしいチームワークの好例ではないでしょうか。

青沼詩郎

泉谷しげる 公式サイトへのリンク

『GOLDEN☆BEST~Early Days Selection~』(2002)

『泉谷しげるライブ サブ・トータル』(1978)

『春夏秋冬』(1972)

『HOWLING LIVE』(1988)

『自画自賛』(1993)

コミックス『ハコヅメ〜交番女子の逆襲〜』泰三子(講談社、モーニング、2017〜)

ご笑覧ください 拙演『黒いカバン』