三角関係の特効薬

“薬をたくさん 選り取り見取り こんなにたくさん飲んだら終わり なおる頃にはまた病気”(『くすりをたくさん』より、作詞:大貫妙子)

この楽曲のストレートな解釈は、たとえばちょっと風邪をひいただけでも解熱、胃の粘膜の保護、せきどめ、痰のすべりを良くする、腸内環境をととのえる……ほかうんたらなんたらと選り取り見取りのたくさんのくすりを処方されるのを良い例(嫌な例?)に、なんだか健康のためなのかなんなのかオカシくないかい……? という皮肉・風刺・疑義の提起だと思うのです。

それは確かにこの楽曲のアイデンティティの魂柱であると同時に不動の批評価値でしょう。

この楽曲を心にとどめつつ、久しぶりにあらためて聴いてみると、「飲んだら終わり」の部分がふと今までとはちょっと違って聞こえてきました。「悪い状態に陥ってしまって、取り返しのつかない危機的な顛末を受け入れざるを得なくなる」というのを「おわり」「おしまい」と表現するのも確かにありますが、もっとシンプルに、一連の物事に区切りをつける、終止符を打つという意味の単純な「おわり」という言葉が持つ意味が私に聴こえてきたのです。

“狂ってるのは君だけじゃない さあ目を開いて人を見てごらん どんなことを見ても あたりまえなんて思っちゃ駄目”(『くすりをたくさん』より、作詞:大貫妙子)

楽曲の冒頭に注目しましょう。主人公も含め、誰もが、あたりまえだと思い込みがちだけれど真偽を選り取り見取りする心の目を開いてみれば現実は“狂ってる”と言わざるをえない状態に陥っているのを示しています。こんな現実狂ってる、それおかしいよ!って思えるように目を開こうよというメッセージが汲み取れるのがこの楽曲の冒頭のセクションのストレートな味わいですが、それは同時に、主人公すらもその狂った状態がさもデフォルト状態であるという厳然たる「狂った現実」を認めている・自白しているということでもあります。私もあなたも、まずはこの狂った状態から始めなければならないのです。

かといって、狂っているからその現実に反対だ!革命をおこせ!剣をとれ!立ち上がれ群集よ! という暑苦しい歌ではもちろん決してありません。

そんなおかしな状態を、お茶を囲んだテーブルトークでさらっと披露するだけみたいなさも冷静沈着な声色が、演奏の流暢な質感に込められています。すぐれたウィットというのは、豊富な知識や経験に裏打ちされた反射神経から滲み出るもの。それをひけらかすでもない理知的な態度が真に都会的であり、「シティポップ」うんぬんいう文脈でこの楽曲や大貫さんの諸作品やそれに関連づく数多のピースが語られつづける理由ではないでしょうか(もちろんそこに感情がまぎれこむ余地を否定しません。それがあるからとも思います)。

くすりの皮肉をいっているようでもありますが、以下のラインをみてみましょう。

“熱が出たら流行りの病気 弱気になって諦めること すぐに駆け付けましょう もうすぐあなたは天国よ”(『くすりをたくさん』より、作詞:大貫妙子)

私的な日常のひとコマを写した軽いタッチのラブソングとしても機能する意匠がおしゃれであり、エンターテイメント音楽(ポップソング)として非常に気が利いているのです。

想い合っているふたりの物語としての解釈を拒む構造ではありませんが、三角関係の解釈をも拒まない構図がまた面白いです。“熱が出たら流行りの病気”、すなわちアナタは主人公以外の誰かさんに恋をして、ちょっと病気みたいにヘンになっちゃっているけれど、その状態のアナタは客観的にちょっと(流行りの病気みたいに)おかしいのです、その恋は無謀なのですよ? さぁ、“弱気になって諦めること”です、わたし(主人公)がもうすぐ駆けつけますからね、無謀な恋なんてあきらめて、わたし(主人公)というバラエティに富んだ薬をよりどりみどり飲んだらいいわ。そうしたらあなたは“天国”ですよ、あがりを決め込んで「悪い病気(無謀な恋)」に終わりを告げられますよ!……という三角関係を透かし見ると、それだけでも30分くらいのドラマの脚本が書けそうな気がしませんか? (……妄想劇場にお付き合いいただきありがとうございます。)

くすりをたくさん 大貫妙子 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:大貫妙子。編曲:坂本龍一。大貫妙子のアルバム『SUNSHOWER』(1977)に収録。2015年に『都会』をA面としてシングルカットされている。

大貫妙子 くすりをたくさん(アルバム『SUNSHOWER』収録)を聴く

ヴァースをふたまわし、“もうすぐあなたは天国よ”と歌うとバックグラウンドボーカルがスポットライトを引き受けて、歌詞の外側で“Ah”とまさしく「天国」のような展開に。ヴァースを2回ししたらコーラスに行くのでなくいきなりこの展開なのです。

そしてこの「天国展開」を経るとこの楽曲におけるいわゆる「コーラス」にたどりつくのですが、これがいきなり「オチサビ」になっているところが非常にひねくれていて、くすりに対するシニカルな態度があらわれていて痛快です。リズムと歌だけになって、ベーシックが大胆にオチているのです。通常、ベーシックがちゃんといる状態でコーラス(サビ)を楽曲のなかで順序としては先に提示してから、2回し目や3回し目のコーラス(サビ)で変化をつけるためにベーシックの火力をオトして「オチサビ」にするのがポップソングの慣例ですが……そうです、この楽曲は冒頭から、そうした当たり前だと思い込んでいる慣例を疑ってみてはいかが?とさらっと提示しているではないですか。言動と意匠が一致し、深く腑に落ちる思いです。こんなくすりこそが何よりも効くのでは?

ベーシックやバックグラウンドボーカルといった、フルボリュームの質感を備えたコーラス(サビ)があらわれるのは、もう楽曲がエンディングに向かうあたりのセクションに到達してからになります。

楽曲をあたまから聴いていって最高潮に達して終わる(厳密にはフェード・アウトですが)という火力の起伏のデザインは、この“くすり”がいかに特効薬的な態度を有しているかを雄弁に語ります。ぐわーっと坂をかけのぼるように効いていって、パタリと症状が軽快するのです。くすりをのんだら、はい、終わり!

青沼詩郎

参考Wikipedia>都会/くすりをたくさんSUNSHOWER

参考歌詞サイト 歌ネット>くすりをたくさん

大貫妙子 Taeko Onuki Webサイトへのリンク ディスコグラフィー>サンシャワーにアルバムや各曲の詳細なクレジットが公開されています。

『くすりをたくさん』を収録した大貫妙子のアルバム『SUNSHOWER』(1977)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『くすりをたくさん(大貫妙子の曲)三角関係の特効薬【ギター弾き語りとハーモニカ・寸評つき】』)