まえがき

ゆったりとした曲調、余白いっぱいのサウンドにさびしさがとうとうと流れ込みます。ウィスキーグラスの中を氷が転げる音だけが孤独にこだまするような……。リッキー・ネルソンの歌が艶やかです。トリプレットのグルーヴでしっとりと、アコースティックギターのみをお供に歌うバージョンが心を落ち着かせてくれます。アレンジ・曲調の異なる別バージョンも配信されている(このテキストの執筆時:2025年11月)ようなのでそちらも気分を変えて聴いてみてください。またポール・マッカートニーがアルバム『Run Devil Run』(1999)でカバーしています。彼の高いキーが魂の孤独を叫び上げるかのようで、痛切でハイテンションな実演がこの楽曲の新しい面を引き出します。

1度から6度5度(CキーのコードでいえばC→E)への進行は後世の曲の事例でいえばRadioheadの『Creep』などが思い浮かびます。さびしい、せつない、孤独、やるせないといったフィールを演出するのにどうもこのコード進行は相性が良いように思えます。エレファントカシマシの『今宵の月のように』の歌い出しもこの進行ですね。心底枚挙に暇がない、ポピュラー音楽の頻出の語彙だと思います。

Lonesome Town Ricky Nelson 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:Baker Knight。Ricky Nelsonのシングル(1958)、アルバム『Ricky Sings Again』(1959)に収録。

Ricky Nelson Lonesome Town(アルバム『Ricky Sings Again』収録)を聴く

アコースティックギターの音色がさびしげ。ピックをつかって弾いているようか、こちこちと弦に当たる音までもがさびしい。ベースの動きと、高音弦側での和音の響きを一挙に担います。Ⅳの和音に行くときに上(高いほう)にベースをとる響きがまたさびしい。

リッキーのボーカルのリバーブが奥深くどこまでも闇に沈み込んでしまいそう。もやのなかに遠ざかるほどに輪郭がぼやけてしまいそう。深く低い響きのつやのある歌声です。

伴奏の相棒はアコースティックギターだけですが、バックグラウンドボーカルがいます。背後を見守る霊魂みたいです。低い音域はギターの低音弦がとる音程よりも低いところまでバスボイスがいます。街の教会の高い天井に反響がまわっていくような、輪郭を空気に溶かしたようなうめきが主人公の孤独の時間的な奥行きを演出します。

エンディングにはアーメン終止で「Lonesome Town」とこの背後霊(喩えが不謹慎ですみません)たちだけが主題をとなえます。さびしい思念だけが街に居残っていて、数多の人間の個体がそこを入れ替わり、流動する時間の幅を思わせます。

青沼詩郎

参考Wikipedia>Lonesome Townリッキー・ネルソン

参考歌詞サイト Musixmatch>Lonesome Town

『Lonesome Town』を収録したRicky Nelsonのアルバム『Ricky Sings Again』(1959)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】淋しい街 Lonesome Town(Ricky Nelsonの曲)ギター弾き語り』)