電話をモチーフにした恋愛の歌は世に数多、ここにもまたひとつ。シンガーソングライターの石川優子さんのデビュー3年目で9作目のシングル曲、甘い恋愛を描いたすっきり爽やかなサウンドをご紹介。
真夜中のラブコール 石川優子 曲の名義、発表の概要
作詞:石川優子、作曲:M.ダウザー・P.サウアー。編曲:瀬尾一三。石川優子のシングル(1981)に収録。
石川優子 真夜中のラブコールを聴く
ロックンロール・バンドのキャロルのサウンドで“君はファンキモンキーベイベー!”と聴こえてきそうなエレキギターのイントロが印象的です。中低域がすっきりとしたオケ・バンドのサウンド、シンセが線を引き、漂います。一時代の日本のポップスサウンドの典型・見本に数えたいですね。編曲が瀬尾一三さんです。
テシ、チチチ……とスネアやハイハットのトーンも輪郭がすっきりしています。うるおいのあるリッチなドラムストーン。コーラスがかったエレキのアルペジオ……スライドトーンのバカンスチックなポルタメントのスチールギター。コーラス(バックグラウンドボーカル)がこまかく多彩に合いの手や描線します。ストリングスも背後に立ち、すっきりしたサウンドですが厚い層(レイヤー)を感じもします。
バックグラウンドのボーカルも基本的に石川優子さんのオーハーダブでしょうか。壮麗で豪勢な「人数」を感じますがやはりサウンドがすっきりしています。サビでリードボーカルのメロディもダブルでパワーアップ。アイドル的な人気もあったのかもしれませんが歌唱力が鋭く頭いくつぶん抜けている潜在力を感じます。
シンプルに見えて曲の進行が案外ユニークで、Aメージャーキーではじまるのですが、途中でBメロのところから下属調のDメージャーキーにしれっと変わってしまいます。EコードからDコードに下がる進行(例:0分27秒頃~)なので、その瞬間AメージャーキーのなかでⅤ→Ⅳの進行をとったかに一見思えるのですがBメロからきっかり秩序がDキーに変わっている感じです。不思議進行であまりポップスで出会ったことのないつながり方のコード進行ですが、下属調(元調にとってのⅣ度調)はもともと近親調ですからごく自然な転調です。ただ、クラシックの古典的なソナタやソナチネでもまずは下属調でなく属調(Ⅴ度調)に接続する曲のほうが多数派な気がします。いずれにしても、旋律やコードのつながりがごく自然なのが近親調への転調ですね。半音や全音の転調でボーカルの熱量を増すタイプの転調よりもよっぽど音楽的、と解釈できるかもしれません。ある意味、通好みな転調です。
かと思えば2分13秒頃~、Bのコードを経由して一瞬でぱっと長2度上のEメージャーキーにあがります。ロジカルでスムースな近親調への転調を曲の基本構成に含みつつ、エンディング付近ではJポップにありがちな全音転調もするのです。曲のサイズは約3分11秒とコンパクトですが局面ごとにドラマティックな展開が仕掛けられていて豊かな楽曲です。
あなたに愛があるなら 私から熱いラブコール ためらう時間はないの 真夜中の甘いラブコール 眠れぬ夜はいつでも あなたから熱いラブコール 24時間待ってるの 真夜中でもラブコール
『真夜中のラブコール』より、作詞:石川優子
甘々な恋愛ソングであるテーマがはっきり表現された歌詞です。「ラブコール」は電話をモチーフにしているでしょうか。
「コール」にもいろいろな発着信や呼びかけが考えられます。ポケベルが一般にメジャーな存在になるには、『真夜中のラブコール』発表年の1981年はまだちょっと早そうです。あるいは、家の門前のチャイムを鳴らす「コール」も絶対にないとは言い切れないでしょう。……と、その前に歌いだし付近の歌詞で
ごめんなさいね こんな真夜中だけど確かめたくて 眠そうな声 疲れてるのは わかっていたけれど 今日のあなたの言葉 さりげなく囁いていた 今の僕には君が一番 奇麗にみえると耳元で
『真夜中のラブコール』より、作詞:石川優子
と言っています。耳元での“声”ですから、電話ですね。
電話ですから相手の姿は目の前にはないのでしょうが、いつでも瞼の裏、あるいは脳に記憶に強く定着しているのでしょう。目の前にしていなくても、“今の僕には君が一番 奇麗にみえる”のです。あるいは、これは通話に及ぶよりも前に、今日どこかしらの時間で主人公とあなたは会っていて、別れたあとにその日のうち(その日の真夜中に)電話しているのかもしれません。
こんな気持ちは 初めてなのよ 私きまぐれだから ガラスの夢に 邪魔が入ると 不機嫌な子猫よ だけどあなたは素敵 今までの男性(ひと)と違うの 夢のつづきを現実(ほんと)に変えて 12時すぎのシンデレラ
『真夜中のラブコール』より、作詞:石川優子
相手に対して抱く完璧なイメージに少しでもほつれが出ると簡単に萎えてしまうのが、表層的な恋の宿命でもあるでしょう。でも今回ばかりの“あなた”は壊れやすい夢さえも現実に変えるくらい、これまでの恋愛における相手と差異のある特別な存在なのである……子猫氏はそう申しているようです。時効なきシンデレラタイムは実在するのでしょうか。“あなた”とであればそれも現実のものなのか、果たして。
恋の寿命と比較すれば人生はあまりにも長い。頑張ってほしいですね。
後記
1978年のポプコンにはチャゲと飛鳥(CHAGE and ASKA)も石川優子さんも登場していたのですね。同時代のアーティストであるのがうかがえます。のちにチャゲさんと石川さんが組み、『ふたりの愛ランド』(1984)なるポップソングが世に送り出されます。
『真夜中のラブコール』編曲者が瀬尾一三さんですが、中島みゆきさん作品の編曲やプロデュースでも名が知れています。
「ポプコン」だったり、瀬尾一三さん関連作だったりと複数の軸による音楽界のつながりが見えてくると、鑑賞の面白さにいっそうの立体感を覚えます。
青沼詩郎
『真夜中のラブコール』を収録した『ポプコン スーパー・セレクション 石川優子 ベスト』(2003)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『真夜中のラブコール(石川優子の曲)ギター弾き語り』)