前書き

みかんの花咲く季節というのは5月頃でしょうか。温暖な地域ほどこれより早くなる傾向にあるようです。

童謡『みかんの花咲く丘』の歴史をさかのぼってみると1946年、いわゆる戦後の翌年だと知ります。NHKラジオが初出だそう。

以後、大衆に愛好され、たくさんの歌手や音楽家もパフォーマンスしてきました。

みかんの花咲く丘 童謡 曲の名義、発表の概要

作詞:加藤省吾、作曲:海沼實。1946年8月、川田正子がラジオで披露したのが初めての発表と思われる。最初の録音物は井口小夜子のシングル(1947)、あるいは川田正子のシングル(1947か)。

童謡 みかんの花咲く丘を味わう

作詞作曲を観察する

“みかんの花が 咲いている 思い出の道 丘の道 はるかに見える 青い海 お船が遠く かすんでる

黒い煙を はきながら お船はどこへ行くのでしょう 波に揺られて 島のかげ 汽笛がぼうと 鳴りました

何時か来た丘 母さんと 一緒にながめた あの島よ 今日も一人で 見ていると やさしい母さん 思われる”

(『みかんの花咲く丘』より、作詞:加藤省吾、作曲:海沼實)

「はるかに見える青い海」と、視界がひらけることばを歌うところでメロディも雄大な雲の如く浮かび上がるところが良いですね。

1~3番各の2フレーズ目、「咲いている」「はきながら」「母さんと」……と、ひとつの音をのばして複数の音程にまたがる詞のあて方をしている部分がわずかにありつつ、基本は一音(ひとつの発声)に対してひとつの音程・音符をあてていく作詞作曲です。

黒い煙をはきながら、というところがその時代の船を感じさせます。現代の客船や貨物船ってそんなに黒い煙を吐く船舶が一般的かどうかわかりません。環境に良さそうな進化をとげていてもよさそうなものです。

検索すると黒煙は不完全燃焼にともない観察される現象のよう。船の動力システムも、昔……少なくともこの『みかんの花咲く丘』の発表当時1946年よりはずっと現代のほうが無駄がなくエネルギー効率が良くなっているのではないでしょうか。一方で、海路というのは時代を超越した普遍的な移動・輸送の手段として長く現役であることも思います。

3番で記憶の中の母さんを参照して眼前の島と対比させます。母さんと離れてしまった様子の主人公。時代が時代ですから戦争などによる離別なのか、詳細には描かれません。

みかんの花が咲く丘に立ち、開放的で悠然とした景色を望んでいる情景描写なのでしょうが、母のやさしさがもうそばにないことを思うと悲しみが込み上げます。

ほとんど映像の描写に傾倒する1~2番に対し、3番で主観の胸の内に迫ります。が、ディティールには踏み込みません。あくまで万人の想像の余白をさまたげない範囲の言葉を抽出し、まるく納めた歌詞。

安定感のある和声を導く旋律で終始するので、私にはカオのパーツが整いすぎてかえって顔面の印象の薄い美形の人、みたいな感じも正直するのですが、メロディの上下の動きはなかなかメリハリがあり、かつ滑らかでもあり西洋的な意匠美をまといます。ペンタトニック的かといえば必ずしもそうでもなく、ⅳやⅶの音階音もふんだんに含まれていて、流行歌としてのしゃれた要素を押さえているのです。実際、発表当時の反響の規模もかなり大きかったもよう。「りんごの唄の二番煎じ」などは杞憂だったのです。

展望の象徴、「丘」

かんきつ類の大名産地とくれば、高低差がある地形が思い起こされます。つまり、みかんとくれば丘なのです。産地が斜面であることは、水はけの良さや日当たりの良さと関係があります。そうした条件がみかんの生育と相性が良いようです。確かに、平地でお互いがおおいかぶさるように生えてしまっては日当たりの良さの奪いあいになってしまいそうです。果樹1本ずつの距離を十分にとればその限りではないでしょうが、一本の果樹に対して必要以上に広くつかってしまっては生産効率はそのぶん落ちるでしょう。

みかんの生育条件と、気候や土地の質・特徴面での相性を象徴するキーワードこそが「丘」なのですね。母の影が心にさしてもセンチメンタルにならず、からっと希望的な面持ちを保つ音楽性は主題の『みかんの花咲く丘』を体現しているわけです。

この歌が100年歌われるまであと20年ほどである(この記事の執筆時:2025年)わけですが、時間の問題でしょう。みかんの花咲く丘の風光明媚な情景は普遍です。

いろんな実演家の音源を聴く

川田正子(2021年『懐かしのこころの歌ベスト』収録)

時代の近いこともあるのか、並木路子さんの歌い方など私に思い出させます。ほかでもない『りんごの唄』や並木さんの存在は、『みかんの花咲く丘』の作曲・制作にあたって意識されたような記述がWikipediaなどみるにあります。

朗々として、音域のうつろいにあわせて声の響きも豊かに変化していく歌唱が堂々としています。

フルートが絢爛にカウンターし、ストリングスもここぞの空間にすべりこんできます。

坂入姉妹(2014年『親子で歌いつごう 3世代で楽しめるうた ベスト30』収録)

坂入姉妹は東京音大のご出身とのことで、私(筆者)と母校が同じと知りました。

一糸乱れぬユニゾン、ぴったりとして響きをそろえます。メロディラインの声域があがっていくところでハーモニーに別れます。

ストリングスの低域がみせる舞踏会のような奇数のまとまりの拍子感、木管リードのカウンターが色めきます。

ダ・カーポ(2017年『日本のうたファンタジー』収録)

童謡、歌謡、フォークなど大衆歌の世界を広くつないで私にみせてくれるダ・カーポ。女声と男声のオクターブ違いのユニゾンで響きに幅がありつつも、空間の風通しのよさを活かしたアレンジ。アコースティックギターのアルペジオが肝。ハープの音色、グロッケン、フルート族など高い音域にちろちろと輝かしいカウンターで二人のハーモニーを彩ります。

Quinka, with a Yawn(きんか うぃず あ よーん、2011年『こどもれこーど2』収録)

リハーモナイズド、アレンジの妙。そして息のたくさんまざった歌唱にびっくりするとともに、耳をひかれました。キンカウィズアヨーンと、まるで呪文のような読みがふしぎな、今回初めて知ったアーティストです。サブスクで『みかんの花咲く丘』を検索して流しっぱなしにしてランダム再生?で出会うことができました。

悠然とした曲調で、ジャバラ系楽器ののびやかな描線と柔和なボーカルで魅せ、ちょっと意外で機微に富んだ和声で見せていきます。カラフルで情感豊かで素敵です。

Kazumi Tateishi Trio(2014年『はるなつあきふゆ~童謡・唱歌JAZZ~』収録)

インストも映えますね。こちらも悠然とした曲調とリハモがエモーショナルで感傷的。ちりちりひりひりするくらい、胸がくるしくなるくらいに緊張と空気のゆるみ、まどろみに満ちた演奏が耳福です。ピアノの豊かでふくよかな倍音にチェロのボウイングが野生の感覚を刺激するような擦る質感。ドラムがインしてきてライドの倍音、スネアのカツっと短いアクセントにポウンとタムが浮かびます。ビューティフル。

青沼詩郎

参考Wikipedia>みかんの花咲く丘

参考歌詞サイト 歌ネット>みかんの花咲く丘

『みかんの花咲く丘』収録作たち

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『みかんの花咲く丘(童謡)ピアノ弾き語り』)