神秘の審美
シンセのサウンドが時代の中央値という感じもします。壮麗で何かが起こりそうな、焦燥感とわくわくの入り混じった、冒険と野心を覚えるサウンドに、平静で不動の一本の線のような高橋さんの歌唱が雄大な地平線を引きます。
そのサウンドからは久石譲さん、あるいは安全地帯などのサウンドも私個人の趣味嗜好としては思い出します。時代の一考として。
高橋さんのボーカルダビングによるハモリが神秘的。
作曲面においては、すべてのフレーズにおける強起が楽曲に唯一無二の審美的で独奏的な意匠を与えています。徹底して、アウフクタクトではじまるボーカルフレーズが存在しないのです。メロやサビでアウフタクト(弱起)と強起を使い分けて意匠、景色に起伏をつくり内容の充実をはかるのは作曲者が考慮するポイントのひとつだと思うのですが、まるでそうした采配の苦労を笑うかのように、反証を唱えるかのように見事に強起のフレーズのみで構成されています。
これは歌い手にとって非常に優しい意匠でもあり、カラオケで一般の音楽愛好者、歌好きな人にどれだけ親しまれているか分かりません(その期間と母数は絶大であろうと想像します)。
歌いやすく覚えやすいことは私にとって大衆歌の必須要素です。
お手本とするにしてもあまりに独創的すぎて近づけやしません。ジョン・ケージの『4分33秒』(4’33″)を例に上げるのが適切か分かりませんが、徹底した強起を真似してもこれだけの名曲が果たして誰にでも作れるものか疑問です。主題である『桃色吐息』の千金コピーももちろん相乗しての楽曲のアイデンティティでしょう。
桃色吐息 高橋真梨子 曲の名義、発表の概要
作詞:康珍化、作曲:佐藤隆。髙橋真梨子のシングル、アルバム『Triad』(1984)に収録。
高橋真梨子 桃色吐息(アルバム『Triad』収録)を聴く
この平易な曲調は神秘的なサウンドモチーフの数々を効果的にリスナーに見せてくれます。まず高橋さんのボーカルの質感とハーモニーにしても、四分音符や八分音符を中心にした平易なメロディだからこそ、じっくりじんわりとリスナーに沁みる意匠になっています。
じゃりーん!とエレキギターの撫でるようなアップピッキングなのか、種々のインストルゥメンツトラックのサウンドにしてもそうです。この平易で中庸なビート、曲調が音色の魔力をじっくりと染み込ませてくれます。
ブッブッブッブッブ……と短く切るベースがモールス信号みたいに機械的です。この単純作業の恒常性が、精神や肉体の有機的な質感を反証的に強調します。
そしてドラムトラックの大胆なほどの間引き方が凄い。このドラムトラックのパターンを考えたのは、きっと、生まれついてのドラマーでない人だと思うのです。ドラマーだったらもう少し埋めたり、局所的に雄弁な語彙やフィルインや変化やフックを入れたくなってしまうでしょう。ところがこのドラムトラックときたらどうだ。ドッ、ド…………タンッ……。ショッキングな出来事の直後、発語を失ってしまった被害者みたいだと思うくらい……不適切な比喩をお詫びするが……間引きが効いています。これほどまでにストロークのポイントを絞ったドラムを書けるのは、純然たる作編曲者ならではなのではないかと思うのです。演奏者の高揚とパフォーマンスのブースト・抽出のためでなく、あくまで楽曲の意匠と目指す曲想のために各トラックの意匠の細部を選び取れる神の手腕を感じるのです。
ダイナミクスの揺らぎの少ない、ある意味安定したトラックに、アコースティックのギターのしゃわしゃわとした音色のストラミングが降り注ぎます。抒情的ですが、これもどこか感情を遠ざけて、平らに降り注ぐ無心さを感じます。
無心な趣があるからこそ、聴く者が自由に心を寄せることができる、フィッティングが可能になるのです。不朽の名曲たる所以でしょう。
”さびしいものは あなたの言葉 異国のひびきに似て 不思議”(『桃色吐息』より、作詞:康珍化)
おなじ言語を母語とする者同士に違いないのに、言葉をしゃべっている人の動作が無声映画を見ているような気分にさせる……そんな光景の表現に思えて秀逸です。この人は何を言っているのだろう……同じ言語をしゃべる、親密であるはずの二人のはずなのに、どうしてこうもあなたと私は宇宙人どうしなのか。神秘です。
青沼詩郎
高橋真梨子オフィシャルサイト 2025年12月31日の紅白歌合戦で『桃色吐息』のご本人歌唱が発表されています。
『桃色吐息』を収録した髙橋真梨子のアルバム『Triad』(1984)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】 神秘の審美『桃色吐息(高橋真梨子の曲)』ギター弾き語り』)