『なればいい』の深淵
スパイダースはグループ・サウンズの文脈で語られる側面を持つアーティストとして私が最も好きなバンドの一つです。かまやつひろしさんの書く曲が特に好きです。
スパイダースの主たる活動の時期は数年間なので、作品の数も限られはするのですが、こんなものもあったのかといまだに気づきを得ることがあります。スパイダースの楽曲『なればいい』には大変衝撃を受けました。シングル曲のBサイドです。
スパイダースはサブスクで聴くことができない様子です(執筆時:2024年4月)。私の掘り下げる手がなかなか及ばない一因かもしれません。気が向いたときに少しずつ音源を買って鑑賞をすすめたいバンドです。
スパイダース『なればいい』の作詞者が見慣れません。「オリベ・ゆり」さんとは、女優として活躍された飯野矢住代(いいの・やすよ)さんだそうです。
この方がかなり強烈な人生を送られています。浮き名を流した数も相当なもののようです。そして若くして亡くなられてしまう。不注意(と表現するのもあまりに粗雑かもしれませんが)による事故のような亡くなり方をされたようです。
作詞者として作品が多いのでも全然なく、むしろほとんどないと言っていいでしょう。でも、作詞(作詩)は青少年期からされていたようで、ノートに書いていたらしいです。かまやつひろしさんが曲をつけた『なればいい』も、そうしたもののなかのひとつなのかなと察します。
これが強烈な、クラクラくる麻薬のような(やったことはありませんが)陶酔をもたらすナンセンスな楽曲で私の好みにバチリとはまってしまいました。
GS(グループ・サウンズ)にあんまりはまってしまって、もう少しちゃんとした知識も欲しいなと思って近田春夫さんの著書『グループサウンズ』を取り寄せて読んでいて存在を知った曲が『なればいい』です。
THE BOHEMIANSというファットなサウンドがいかしたバンドがかまやつひろしさんとコラボして『なればいい』のカバーを制作し発表しています。これに収録されているテンホールズハーモニカの演奏はなんと甲本ヒロトさんによるものとのこと(配信サイト「KKBOX」でTHE BOHEMIANS avec ムッシュかまやつの『なればいい』を試聴するリンク)。いろいろ面食らっています。そちらは『THE SPIDER BEAT』という6曲入りのEP(ミニアルバム?)、2012年の作品です。6曲のスパイダースのカバー集にB面曲『なればいい』を含めたあたり、THE BOHEMIANSの趣味深さと楽曲『なればいい』の魅力の大きさがうかがえます。
なればいい ザ・スパイダース 曲の名義、発表の概要
作詞:オリベゆり、作曲:かまやつひろし。ザ・スパイダースのシングル『サマー・ガール / なればいい』(1966)、アルバム『スパイダース’67 ザ・スパイダース・アルバムNo.3』(1967)に収録。
ザ・スパイダース なればいいを聴く
独特の怪しい浮遊感よ。ピックベースのズモモというサウンドがなすリフレイン。エレキギターとユニゾンしているでしょうか。
はりつくような下ハモがメインボーカルの浮遊感を助長しているのかもしれません。
ドラムスのバカバカとラウドな演奏に気骨を感じます。ツーコーラス目のスネアの連打の走り方、つっこみ具合にバンドがちゃんとついていきます。私をニヤニヤさせます。
「あー」……という嘆き。バンドをブレイクさせて虚無感を際立たせます……からの、エレキギターの爆発。左トラックに振ってありますね。このオンオフの激しさが揺さぶります。私の陶酔感の原因かもしれません。
歌詞の空虚さ
“すべてのことを ためしてみたが なにをやっても つまらない”(ザ・スパイダース『なればいい』より、作詞:オリベゆり)
「絶対にありえないことの証明」が困難であるように、「すべてを試した」と言い切ることも困難です。その水準で努力に骨の髄液まで注ぎ込んだから言えることなのか? それとも、ちょっと一瞬ふんばったくらいのことで「あー、もう全力だした。もうムリ」とか言っちゃう根性なしの言葉なのでしょうか。どちらにしても、極端な主人公の人格を思わせる印象的なフレーズです。果てに、「つまらない」と吐いてしまう。うつろで、空しい。埋め合わせるようにバンドがギャンギャンと鳴ります。言いたいことなんかなんもねえ。だからバンドを鳴らすんだというアティテュードを感じます。
何かいいたことがある。それが何だと、ひとことで言うには足りないから音楽をやる。あるいは、もともと何かいいたことがあるとは思わないが、音楽でいろんなことをやる一連を通して、何か言いたいことがあるように見えてくる。私の思うバンドの理想形のひとつです。いちシンガーソングライターとしても。
青沼詩郎
『なればいい』を収録した『スパイダース’67 ザ・スパイダース・アルバムNo.3』(オリジナル発売年:1967)
THE BOHEMIANS avec ムッシュかまやつのアルバム『THE SPIDER BEAT』(2012)
新書『グループサウンズ』(著:近田春夫、文藝春秋、2023年)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『なればいい(ザ・スパイダースの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)