“あまり深く傷つくとき”とつづりはじめます。主和音で始めて、増五度音程でグゥッと不安を高めたらそのままシックスにいくのが常套の進行のひとつでありますが、なんと長二度下がって(Ⅶ♭へ行って)しまいます。歌詞を汲み取った絶妙な作詞作曲に思えます。詞先なのか曲先なのか……は些事で、結果として曲の本質を表現できればどちらでも良いと思うのですが、手癖や訛り、方言みたいなものとして出来上がるものの質感を大きく左右する要素ではあるでしょう。詞先・曲先はしばしば気にはなります。出来上がったものを観察しても、どちらかわからないくらいのバランスがひとつの理想ともいえるかもしれませんし、いろいろで良いとも思いますが……とにかく、歌詞と作曲が相乗して同じ志向を魅せる良さを感じます。
編曲が緻密です。イントロから景気のよいエレキギターがリードします。沢田研二さんの『危険なふたり』『コバルトの季節の中で』を私としては思い出します。後者(コバルト……)は船山基紀さんの編曲です。
アコギかシャラシャラとはじめるところがなんとも吉祥寺っぽい(偏見)。そしてくだんの華やかなエレキギターが飛び出します。かと思えば、本編はピアノ、ストリングス、シンセのようなサウンドが活躍。躍動するようにダウンビートを強調するなど色とりどり。エレキギターはかなり脇役、オブリガード(合いの手)に徹してみえる本編ですがそれもまたオツ。
サビは“懐かしのジョージ・タウン”、主題のフレーズをとなえます。BGV(バックグラウンドボーカル)も歌詞のとおりに追いかけますが、メインのフレーズの音形をそのまま反芻するのでなく、変化させてメインボーカルの余白を豊かにする意図を感じます。
みずみずしさ、人生の機微をすこし上からみるような平静さ、しめやかな達観や悟りを感じさせる中原理恵さんの歌唱が堂々たる安定感と主役にふさわしい質量感なのですが、どうしてこうも「しゃしゃり出ない」気立ての良さを感じさせるのでしょう。思い入れのある街を、数人の旧友と並んで眺めて、ぽつぽつと感慨をこぼしている、グラス片手に……みたいな「しっぽり」を感じます。絶妙です。そうそう、いるんですよね、占い師……
“自由な女と言えば聞こえいいけど 一人で眠る自由は時には寂しい”(『懐かしのジョージ・タウン』より、作詞:松本隆)
たくましいし、一人で生きるタフネスやスキルを身につけてしまっていることは一長一短なのか……信頼できる友達に向けて、酔ったときだけ滲み出るような言葉の響きを覚えます。有段者の弱音、みたいな……。
私はそこそこ近所なので、初めてギターの弦やら何やらを買いに行き始めた中学生の頃から20数年経つ今でもしばしば行きます。吉祥寺。
青沼詩郎
中原理恵 寒い国から来た女 アンオフィシャルファンサイトへのリンク
参考歌詞サイト プチリリ>懐かしのジョージ・タウンへのリンク
『懐かしのジョージ・タウン』を収録した『GOLDEN☆BEST 中原理恵 Singles』(2003)
ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『懐かしのジョージ・タウン(中原理恵の曲)ピアノ弾き語り』)