いい子でいるとは
オー、ママ、ママ……のリフレインが強烈に印象に残ります。現代にひしめくモチーフの解像度の高いポップソングの対極として聴くと新鮮。愚直なほどにシンプルなモチーフのようで、よくみると歌い出しの強起の「オー」を2分音符相当の音価で伸ばしたあとに「ママ、ママ」と8分音符を4つ連ねる音形は、たった1小節のなかに完璧なまでの緩急が表現された優れたモチーフだと思います。いわゆるコーラス(サビ)はじまりで、Aメロに突入するとアタマ一拍を休符にした弱起のメロディパターンになるのでABメロでの対比・キャラクターの違いもシンプルながらに表現されています。
公募の提案に乗って役者になる
GS(グループサウンズ)はときに職業作家が書いた曲をバンドメンバーが役者になって演じる生産スタイルだったともいえます。本曲『おかあさん』は歌詞が公募(雑誌「平凡」)で、補作詞と作曲がテンプターズメンバーの松崎由治さんです。公募に投稿してくる詠み手の提案に乗って自分たちが役者になりつつ、知的財産(作詞作曲)の執筆・構築の半分以上を自らが担ってもいる形式で、能動性の強さを感じます。テンプと並んで私のフェイバリットGS・グループのスパイダースは、自分たち自身で作詞作曲(あるいは片方)をしたレパートリーが大半を占める様相に成長していくグループです。
脚本(作詞作曲)を自分で書くかどうかはさておき、自分たちに求められた(と仮にしておきましょう)ウェットでセンチメンタルなキャラクターを自覚してか「演じて」いた文化がGSかもしれないなとも思います。
テンプターズはショーケンこと萩原健一さんがリードボーカルを執るスタイルが私のなかでは強勢ですが、本曲『おかあさん』はギターの松崎由治さんがリードボーカルとのことです。ショーケンさんはハーモニーのボーカル、ハーモニカを担当されます。編曲は川口真さんです。
オープニングとエンディングにメランコリックなマイナー和音のアルペジオがつき、楽曲をサンドイッチの構造に仕立て、ショーケンさんのハーモニカが寂しく漂ってエンディングとなります。
いい子でいてねの令和と昭和
ブリッジのところで、たったひとこと、いい子でいてね、いい子でいてね……と次第に長い音価で展開し、音楽的意匠によって歌詞の意思の強調をきわめるボーカルが印象的です。
「いい子でいてね」。普通であってほしい、というような母の願いが伺えますがあなたはどう感じるでしょうか。時代は変わって、令和の若者が、はみ出したり悪目立ちしたりすることを忌避したがる傾向がある、と仮にしましょう。一方昭和時代から平成にかけて(あるいは今に渡って)「ステレオタイプ」と形容され、しばしば嘲笑や皮肉の対象とされる、型にハマる≒いい子でいることをよしとする(そのことに無自覚である個人も多いでしょうが)人がいる(あるいはいた)のも事実でしょう。「いい子」の内実や質感の詳細は時代によって当然変化しますが、「いい子」じみたその時代なりの何某かであろうとする、一種の保守保身への傾きは常に存在する人の習性なのだと思うとそれを皮肉る表現アプローチも当然導かれるわけです。
本曲『おかあさん』はそうした穿った皮肉アプローチを試みた作品ではなく、形見をのこした母を恋慕う気持ちをストレートに表現し演じた作品です。それが故に、母の主題や「いい子」のモチーフのもと、さまざまなひねくれたアプローチも考えうるなぁとしみじみ私を空想に導いてくれます。そんな奇遇がまた、私が本曲をはじめGS(グループサウンズ)曲一帯へ寄せる愛好心を伸長するのです。
おかあさん ザ・テンプターズ 曲の名義、発表の概要
作詞:松岡弘子、補作詞・作曲:松崎由治。ザ・テンプターズのシングル(1968)、アルバム『5-1=0 ザ・テンプターズの世界』(1969)に収録。
ザ・テンプターズ おかあさん(アルバム『5-1=0 ザ・テンプターズの世界』収録)を聴く
悲しみの吐息のなかに肉体が埋没してしまうみたいな松崎さんのボーカル。Aメロは消え入りそうです。ブリッジにさしかかり、サビに向かって猛烈に母への想いを泣き叫ぶように歌唱の質感が鮮烈に強く輝かしくなり、サビで主題のオー ママ ママに複数メンバーのハーモニーでアプローチ。
右にドラムが寄っています。エレキギターもトーンをぐっと絞ったクールジャズの音色で右側にはりついています。ベースはまんなか付近でやはり張り付くような音色をしていて、ボーカルやストリングスのウェットなアプローチと距離をとることで孤独感、寂寥感の演出に成功しています。オブリガード、対旋律するストリングスやハーモニカは左寄りに聞こえます。
エンディングでギターの時雨を背景に「ファ♯ レ ド♯ シ」の下行音形をくりかえすベースに、最後母の手が重なるようにハーモニカの音色がかむさってきます。オー、ママ・ママ……。
青沼詩郎
参考Wikipedia>ザ・テンプターズ、おかあさん (ザ・テンプターズの曲)
『おかあさん』を収録したアルバム『5-1=0 ザ・テンプターズの世界』(1969)