紙のお人形との恋は安全圏か

本物の女の子に気持ちを振り回されて、傷ついたり苦しい思いをするくらいなら、正真正銘自分のものにできる紙のお人形をもつほうがましだわね……と、果たしてどうでしょう。本当に紙のお人形のほうが良い? 振り回しあえるからこそ生身の人間との付き合い(恋愛)に価値があるのではないでしょうか。

あるいは2次元に恋する気持ちと似るといっていいかわかりませんが、他者と一定の距離を保ち、リアルでの深い心のつながりを持つ・関わりあうことの長短を客観的に考慮しての判断として、紙の人形との恋を選ぶような価値観が世にあるのを否定するものではありません。

恋に傷ついたその渦中にまさに己の身があるときは、こんなことなら紙人形と恋をしたほうがましだったと思うくらいに、恋のダメージは大きいことの渾身の比喩が本曲であると思えましょう。

ミルス・ブラザーズの柔和で甘美でソフトな歌唱は嘆き・諦観の心情のあらわれです。オケはシンプルに、ほとんどギターの伴奏だけがぽつんとあったような印象だけが残ります。

ミルス・ブラザーズは名前の通り実の兄弟からなるグループで、父親のジョン・ミルスと3人の息子で始まり、1922年に父にかわりジョン・ジュニアが加入し4人兄弟グループに。1930年にニューヨーク進出、1931年にレコーディングしレコードデビュー。1935年に事故でジョン・ジュニアが逝去し1936年に父が再加入、1957年まで活動とのこと(参照元:https://recochoku.jp/artist/2003529164/)。

ミルス・ブラザースの父ジョンは本物の理髪師です。「バーバーショップ・コーラス」「バーバーショップ・ハーモニー」「バーバーショップ・ミュージック」といった、床屋を起源とするアカペラ主体の音楽スタイルとも紐づくものがありそうです。

Paper Doll Mills Brothers 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:Johnny S. Black。Mills Brothersのシングル(1942)。曲が書かれたのは1915年だったといいます。

Mills Brothers Paper Doll(『Souvenir Album』収録)を聴く

シンミリと語りはじめ、アップテンポに曲調が変わる、この2層構造が印象的です。

最初は恋のダメージのほとぼりがようやく冷めてきたところで、まだ昨日の夜まではクサっていたんだよ……というような哀愁がゆっくりとした曲調に漂います。

後半のアップテンポになったところはさも紙の人形との生活が世紀の大発明であり希望を見出したかのような軽快さがむしろ心配になりますね。大丈夫かな。余計なお世話でしょうか。

伴奏のギターはカラっとした音色で、イントロで目立つくらいでほかのところでは伴奏としての引っ込んだダイナミクス感、声のハーモニーの空間を奪わない態度に徹します。

ベースのポン、ポン、とはっきりとした輪郭、ストロークはまるでコントラバスベースみたいですがこれも声のベースパートが担当しているのでしょうか。まっすぐで確かな音程と質量で頼もしいベースです。

声のハーモニーはまるで闇にうかぶ蝋燭の炎のように微かなところからはじまります。柔和で甘美な印象をもたらす要因です。後半、ノリが変わって以降は字ハモしたりユニゾンしたり、ボーカルのハーモニーも力強くゴージャスになります。

声のテクスチャ、ベースパートなどで曲の骨子を描いていきます。リズム的にはフィンガースナップなどにすら頼る気配もありません。この曲を含んだアルバムを聴き進んでいっても耳の衛生によく、終始やさしい聴き心地です。人の声って万能だわな、と今更ながら気付かされるものがあります。

床屋から漏れる歌声?

音楽スタイル・ジャンルとしてのバーバーショップを辿ると背景や諸説豊か。

身近なコミュニティ拠点としての役割を担うのが理髪店だったとか。少年時代のサッチモ(ルイ・アームストロング)がハーモニーの感覚を養ったのもこうした理髪店と路上のつながり一帯なのかもしれません。ゴスペル、ジャズなどとも関連が深そうです。

バーバーショップ音楽と一絡げにしてもその内実は1900年代に突入するよりも前、1900年代に入って最初の20年程度の人気ぶり、あるいは1940年近くなったころの「復活期」などターニングポイントやハイライト期がいろいろあるようです。

ミルス・ブラザースの位置付けも私にはあいまいで、上に書き出した時代のなかでは最も新しい部類ですし、そこからさかのぼってたどるきっかけである、という程度にしか把握できません。音楽ビジネスが現代ほどに確立されるよりも前の時代の言説はネット上にも少なく思えます。

かすかなろうそくの光であっても、少しずつ照らしながら深く潜っていってみたいですね。音楽の文脈探究はさながら好奇心の冒険です。

でも生身の女の子に振り回されるくらいなら、紙のお人形の”She”を買うよ……なんてクサり文句がまとうウィットへの共感は決して時代の壁が阻む難解なものではありません。いつの時代も、人が心を砕いているものごとってそんなに変わらないのだと普遍や通底を思うばかりです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>Paper Doll (Mills Brothers song)バーバーショップ音楽

参考歌詞サイト Genius>Paper Doll

『Paper Doll』を収録した『Souvenir Album』(1948? 1950? 1951? ネット検索するに揺れがあります)

ミルス・ブラザースの『Paper Doll』を収録したコンピやベスト的なものがひとつやふたつではありません。オリジナル・アルバムといった概念が浸透するよりも前の時代らしいです。お好きなものをソースに聴いてみてください。

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】紙のお人形との恋は安全圏か『Paper Doll(Mills Brothersの曲)』ギター弾き語り』)