最後の歌詞“買って”の余韻の長い残響にニヤリとしてしまいます。
作詞の「小野小福」は大滝さんの変名だと思いますが、誰かとの共同名義の可能性を指摘する記述が検索するとヒットします。
“ほうきも踊る夜明け前
テレキャス ストラト レスポール
見えないギターかき鳴らし
みんな大好き ライヴは最高潮
歌うよ70’s 踊ろよ80’s”
(『ポップスター』より、作詞:小野小福)
夢見てる感じがよく出ています。主人公はあどけない少女……10代の最後の数年を過ごすくらいの女性を想像しますがどうでしょうか。
ギターの名器、「型」の定番・代名詞となったテレキャス、ストラト、レスポール。これらを列挙しますがエア・ギターといいますか、「見立てギター」なのですね。スコップなんかをカンカン叩く芸もあるそうですがここではギターに見立てられるのは「ほうき」。
「夜明け前」にほうきを使っているなんて、どんなシチュエーションでしょうか。遊んでいて、夜明かしした(夜更かしした)。それで、そのへんにあるものを適当に手に取ったがための「ほうき」の登場であらば、それが「ほうき」であることにさして意味はないかもしれません。ほうきが、簡単に手に取れるような場所やシチュエーションがどういうものかは限定しきれない、ごくごくありふれたアイテムであるのも事実ですが、ここであえて戻って歌い出し付近、1コーラス目の歌詞を振り返ってみましょう。
“東京タワーが消える頃
青い影が窓を叩いたら
イケてるライヴの始まりさ
空飛ぶ懐中電灯 足元照らし
明日がこっちと指を指す”
(『ポップスター』より、作詞:小野小福。大滝さんバージョンと市川さんバージョンで“イカした”⇆“イケてる”、“明日は”⇆“明日が”といった小違いがある様子。)
これ私、ライブやコンサートの会場・フロアで、暗がりの中、座席までお客さんの足元を携行ライトで照らして案内をしたり、お客さんのハケ後にお掃除したりするバイトの子を想像してしまったんですよね。
おちついて考えてみると、ペンライトで座席までお客さんを誘導するなんて、かなり「お高い」「おハイソ」なハコとイベント内容に思えますから、ロックンロール・ライブとしてはちょっと違和感がある気もします。あくまで私の想像がそっちに傾いてしまったんです、というだけの話。
また、東京タワーの灯りが消えるのは夜の12(0)時だといいます。そんな時間に、おハイソ系のイベントが開演するのは考えにくい。あったとしても、アングラで小規模なハコのDJタイムのイベントではないかと。やっぱり私の思い違いでしょう。
でもそんなミスリードを私に起こさせる歌詞が愛おしい。“明日がこっちと指を指す”とあり、懐中電灯の明かりがさすほうを未来に重ねていて、チャーミングで好きなところです。
“聞こえてくるよ みんなの声が
聞こえてくるよ イントロダクション
Here we go Let’s rock’n roll
覚めない夢が欲しいから
I wanna be a popstar”
(『ポップスター』より、作詞:小野小福)
自分の解釈のズレを知覚したうえでこのあたり、コーラスの歌詞ラインをみると、やはりライブやコンサートの会場のバイトなんかではなく、むしろ自室に引きこもって、好きな音楽によだれを垂らしながら憧れて胸をときめかせて枕に顔をうずめてふとんを抱きしめて悶絶している少女の夜な夜なの姿を思わせもします。「みんなの声」も妄想であり、聞こえてくるイントロダクションも、脳内再生できるほどに聴き込んだ大好きなロックンロール・バンドのサウンドなのではないでしょうか。
“Here we go Let’s rock’n roll
ピーターパンは来ないけど
I wanna be a popstar”
(『ポップスター』より、作詞:小野小福)
ティーンエイジ・カルチャーを卒業できない自分を言っているのか、そういう誰かを自分の理想像のひとつに見立てているのか……「ピーターパンが来る」ことが、「大人になる」ことなのか逆に「大人になれない」ことなのかなんともいえないところです。ま、コマカイことはどうでもいい。音楽に熱をあげて頭振ってる、わたしやあなたのなかにいるDreamerが主人公像だ、くらいに思って、頭を振って楽しむ楽曲がこの『ポップスター』なのです。
サウンドもグルーヴも最高。軽快なギター、心の地底を盛り上げるオルガン、テクニカルなピアノが華やかし、ドラムの細かい粒のニュアンスとスピード感をたしかにピン留めしていくベース。音の充実・充足感が深夜の夢の楽しさとともにする躍動を表現した快作です。
市川美和子さんのボーカルのキャラクター。私の想像するあどけない少女像にもピタリとあてはまる感じもありますが、スキルを蓄えた表現者としての照り、シズル感も覚えるはしばしもあります。鼻にちょっとかかったような、沈まない声が魅力的。ロックが好きな感じが出ていて高好感です。うまく歌おうとしている感じでなく、心のままに歌っている感じ。
最後の“だからpapaギター買って”のラインを追い討ちする、最後の最後の「買って」のリズムが大滝詠一さんバージョンと若干違いますね。4拍目のウラに起点をおいたのが市川実和子さんバージョン。かわいく最初は「ギター買って」とお願いしたものの、最後は「……買って。」と詰め寄りの真顔で脅す冷たさを感じます。papaふるえちゃう。大滝さんの「買って」のほうが愛嬌があります。市川美和子さんの「買って」は少女のリアル。大滝さんの「買って」はフィクションの少女です。
青沼詩郎
参考Wikipedia>大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK/NIAGARA ONDO BOOK
大滝詠一の『ポップスター』を収録した『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK / NIAGARA ONDO BOOK』(2023)
『ポップスター』を収録した市川美和子のアルバム『Pinup Girl』(1999)