まえがき

3時といえばおやつの時間。でも夜中もあります。あなたにとっての3時はどっち? ひとまずお昼の3時の立場をとりましょう。

12時すぎにお昼をとって一息ついたら13時。血流が胃腸のほうへいって眠くなったら14時半ばかな? これではいかん……とコーヒーの香りを鼻腔に通し暗褐色の液体を胃に流し込むのにそれだけじゃさびしいからついでにおやつを食べちゃおう。いったいいつ仕事しているんだ?

もしお昼をとるのが1時間遅れたら、これらすべてが1時間うしろだおしになるわけです。1時間遅れの人がウトウトしだすのはちょうど3時すぎくらいかな? 舟を漕ぐその人を茶化すみたいにダンディな声が聴こえてきたら、きっと『三時の子守唄』だね。

三時の子守唄 細野晴臣 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:細野晴臣。細野晴臣のアルバム『トロピカル・ダンディー』(1975)に収録。ティン・パン・アレー(細野晴臣)が音楽を担当した映画『宵待草』の『冬の出逢い』という曲に歌詞をつけたもの、とされています(参考Wikipedia)。

細野晴臣 三時の子守唄を聴く

ギターはちょっとオフマイクな感じでしょうか。ボーカルが入ってくる。距離がギターと比べてグっと近くて前後感、手前と奥のメリハリがくっきりします。

細野さんの歌がため息が出るほどにうまい。タイム感、ピッチ感、なめらかに移ろう描線でありながら「ここにほしい」という瞬間にそこに達してくれる。精密かつ耳福なボーカルです。

指弾きのスチール弦ギターにボーカル、それにトコトコと足音も聴こえます。弾き語りしながら足でリズムをとっている構図でしょうか。

低めの音域のボーカルは細野さんのなまめかしい魅力の一端ですが、この曲は音質的には中域重視でレンジが狭い。アナログな機材や環境でホームレコーディングしたみたいな印象のサウンドです。録音制作系の音楽雑誌などみるに細野さんはリボンマイクなどもときに制作につかうことがあるようですが、そんなような機材で録音したのかしら……レンジが狭いことでキャラクターの輪郭…つまり伝えたいこと・表現したい情報をはっきりさせる効果もあると思います。

Eメージャー調ののどかな雰囲気ですがギターも6弦の最低音のキャラクターをズドンと全面に出すような感じでもありません。ギターの音色にしてもやはりレンジが絞ってあって、奥歯のあたりからうま味がにじんできそうな特有のサウンドをしています。和音の転回形をふんだんに用いたギターのコード伴奏プレイがふわっと午後にねむくなってしまう心地を演出するかのようです。

アルバム『トロピカル・ダンディー』に『三時の子守唄』のインストゥルメンタルバージョンも入っています。これが映画『宵待草』での元曲『冬の出逢い』に近いのでしょうか。実物じゃないよね? 『宵待草』のサントラは手に入れにくそうですし未確認ですがいつか『冬の出逢い』のほうもちゃんと聴いてみたいです。これに歌詞をつけたのが『三時の子守唄』だとのこと。

『トロピカル・ダンディー』収録のインストゥルメンタルバージョンの『三時の子守唄』。身悶えするようなストリングスの往復するボウイングがわくわくさせます。ヴァースのメロディを司るぽきぽきしたこれまた歯ざわりの軽い竿もの楽器はなんでしょう。きゅる、ちゅる、とギター類のフレットノイズがシズル感。アコースティックギターのプレーンで時折きらっと光るサウンドははっぴいえんど『風をあつめて』なども思い出させます。タツっと軽くクリアなドラムのサウンドも歯ごたえがネアカ(根が明るい)。じわんとエレピの響きがにじみます。

“夢を見なさい 僕の膝で 古いレコードを 聞きながら 風も光も 窓の外 それが三時の子守唄

誰かが扉を たたくまで 古い魔法の 瓶の中に お茶と話を 詰め込んで 寒いトタンの 屋根の下

町の噂を 話すから はやり唄でも 唄うから 聞かせて 夢の続きを それが僕の 子守唄”

『三時の子守唄』より、作詞:細野晴臣

古いレコードを聴き終えた気がしますね。古いシングルレコードといえば3分です。なんなら2分ちょっと。この『三時の子守唄』も2分半です。

音は箱の中で響くもの。風からも直射日光からも守られた部屋のなかに、ギターや歌がとつとつと壁紙に染み込んでいきます。取り出したお茶殻もほぐれます。

内容物の温度を長時間保つ水筒を魔法瓶と呼びました。2025年(この記事の執筆時)はうんと聞かなくなってしまった単語です。魔法瓶は一般名詞でなくどこかのメーカーさん(象印とかかな?)の商標かもしれません。ブルースハープが商品名なのと一緒ですね(知ってました?)。

魔法瓶を分解して魔法と瓶に分けてしまえばそれこそ魔法の瓶です。中身は何かな。詰めたときよりも永遠に増え続けるお茶とかでしょうか。夢があるね。玉露がいいかな(強欲?)。

お茶という単語は細野さん作品の『冬越え』にも登場します。一般名詞の「お茶」だけで細野さん印と呼ぶのは私が細野さんびいきすぎるかもしれませんが、細野さんの、息の長く雄大なキャリア、彼の音楽の宇宙、あるいは彼の放つパブリックイメージのおおらかさと落ち着きと完璧なまでに合致するモチーフだと思いませんか。「お茶」の単語のほうが細野さんのために生まれた単語であるかのように錯覚するほどなのです。「お」がついてるのがキモだよね。「茶」とは言わなそうだもん。言うかもしれないけどさ。「寒いトタン」なんてモチーフも『冬越え』を思い出させる語彙です。姉妹都市なのかもしれないね。

あなたの夢の続きを聞き出すためのお代は主人公が持ってくる部屋の外の出来事や光景、事物のみやげ話なのです。素敵なビジョンを開示するほどに、相手から引き出されるもの・返ってくるものも素敵さマシマシなわけです。

子守唄でひとくさり盛り上がったらもう4時かしら。学齢期の子供達も家に帰るし、鳥もねぐらに帰るかな。私はいったい今日はなんの仕事をしたんだろう。わかんないままに明日の三時の子守唄がまただんだん近づいてくるよ。

青沼詩郎

参考Wikipedia>三時の子守唄

参考歌詞サイト JOYSOUND>三時の子守唄

細野晴臣 Webサイトへのリンク 55th Anniversary を冠したデジタルミュージアム『HOSONO MANDALA』を準備している模様。2025年秋にととのうようです。

『三時の子守唄』を収録した細野晴臣のアルバム『トロピカル・ダンディー』(1975)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『三時の子守唄(細野晴臣の曲)ギター弾き語り』)