凄みに舌を抜かれます。どうコメントしたものか。YMO印がすごい。アーティスティックで熱量に満ちています。機械っぽい8分音符のダウンビート。スクウェア(ゆれのないタイミング)なのですが、生演奏のアツさに満ちてもいます。シンセの音、チッチキチッチキ……と恒常なハイハットトーン。ベースもシンセ・ベースの趣向です。
山下久美子さんの声のキャラクターがまた絶妙。こういう声は初めて聴きました。かわいくて愛嬌あるのですが、ちょっとハスキーでもあります。また、キンキンもしないし鼻にかかったり抜けたりし過ぎるわけでもない。ハスキーといいつつドスの効いた場末のスナックママの妖面でもない。かわいくて元気でエネルギッシュで、堅実さや知性も感じる歌唱です。
サビの“君は赤道小町”の歌メロディ。順次進行でさがって・あがって、「こまーちっ」のところで、メジャーセブンを思わせる音程の跳躍をみせるのです。すごいなぁ、洗練、垢抜け、独創を思わせる音形です。ただのアイドル歌謡でもない。気骨と熱量で聴衆の頭上を滑るロック・バンドでもない。アングラなキテレツさんでもないし、アート集団でもない。そのいずれもの少しずつを混ぜた、はだかの等身大で勝負する熱帯人です。
覚悟に出るスピード。順応する器量、反射神経、引き出し。作家と演奏家・歌手の仕事の合力に火花が散りそう。
このオリジナリティとクオリティでいて、“DOKI! DOKI!!”のボーカルオブリ。“君に胸キュン”→“(キュン)”の相槌を思い出します。そうそう、YMOの『君に、胸キュン。』の「胸キュン」という表現のご本家こそが山下久美子さんだといいます。天性の誘引力を感じるところです。
“君は赤道小町 恋はアツアツ亜熱帯 君は赤道小町 抱けば火傷をするかも”(『赤道小町ドキッ』より、作詞:松本隆)
いちおう、「君は赤道小町」とあるので「赤道小町さん」に魅了される側の主人公像でしょうか。あるいは、赤道小町さんが自分を評して「君は……」という表現を用いてもよいでしょう。
熱さは誘引であり、身を滅ぼす過剰なエネルギーでもあります。 ”抱けば火傷をするかも”。「小町」はうつくしい女性を形容するもっとも悠大な文脈を有する日本のことばだと思います。これに熱い地域一帯、その幅のある直線上につけた名前の「赤道」をかけ合わせて、「赤道小町」。→「抱けば火傷をするかも」。この組み合わせ、古今東西の天才コピーライターも震え上がる鋭さを思います。
夏によせる期待感、そこで得られる喜怒哀楽。特別なことがありそうなリゾート感と波長の合う、大衆の求める娯楽作品としての機能を満たしつつ、時代に飲み込まれる雑多な営みの輪廻の上空に強い独創の浮力でとどまり、光り続けます。
青沼詩郎(「今年の夏も終わるねぇ……」って毎年言ったり思ったり。)
山下久美子の『赤道小町ドキッ』を収録した『山下久美子 シングルコレクション』(2002)。
山下久美子の『赤道小町ドキッ』を収録した『シングル・コレクション』(1995)。こちらはAB面集。カップリングを楽しめる。(参考リンク CD Journal>山下久美子 / シングル・コレクション [2CD])
ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『赤道小町ドキッ(山下久美子の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)