まえがき
日本ではセンチメンタル・ジャーニーと聞けば松本伊代さんを真っ先に思い出す人も多いでしょうか。第二次世界大戦が終わるその年のレス・ブラウン楽団とドリス・デイのシングル曲。そのあと1946年に同名の映画も公開されます。今回私がこの曲に親しむきっかけをくれたのはリンゴ・スターのカバー(1970)でした。時代を超えて、それぞれの感傷旅行はつづく。
Sentimental Journey Les Brown Orchestra featuring Doris Day 曲の名義、発表の概要
作詞:Bud Green、作曲:Les Brown・Ben Homer。Les Brown Orchestra featuring Doris Dayのシングル(1945)。代表的なカバーにRingo Starrのアルバム『Sentimental Journey』(1970)に収録されたものがある。
Ringo Starr Sentimental Journeyを聴く
ねっとりもったりとした、ハチミツの流れる大河みたいなグルーヴがリンゴの悠久で器の広いボーカルを最上級にリッチに演出します。
とにかく音数が多い! 右のほうでチャラチャラ軽くきらびやかな音色で鳴るのはオートハープなのか、あるいは録り方や音質に工夫をほどこしたギターなのか。左に寄ったドラムはリンゴでなく楽団(?)メンバーのプレイのようです。ぱす!タス!とさばけた音色で快くアクセント。ベースの音色がぼぼぼぼ……と非常にマイルドで丸く気持ち良い。
ベースラインを彩るのは独特なとぼけた音色のリード楽器。バスクラのよう。あとでやや右寄りの定位に別の低い管楽器も入ってきます、そちらはバリサク(バリトンサックス)のよう。こんな低音楽器づかいののどかでとぼけたフィールがなんだか私にプーさんの「100エーカーの森」的な世界を思い出させます。
ストリングスはひぃーんとうしろの方にまわったかと思えば、間奏などでは猛烈なダイナミクスを見せ質感・量感で圧倒します。管楽器もエレファント・スクリーミン!かというくらいにここぞと出所を絞って高らかに雄叫びをあげます。挙句の果てにはバックグラウンドボーカル、というかもはやボーカルの輪自体がリード、というくらいにあたたかな人の声の輪がシンガロング。リンゴの声も美味しいところ(……ブリッジというのかサビというのか)ではダブルトラックになり熱量を増します。
エレキギターの音色はスティールギターにワウをかけた感じなのか、ミャウミャウと泣き、すべりころげ笑う喜怒哀楽の混沌としたプレイでリンゴの周囲を輝かせ深い光陰のメリハリを与えます。
リッチすぎるよ、リッチー。
Les Brown Orchestra featuring Doris Day Sentimental Journeyを聴く
色艶の深みがしみわたるサックスのメロッメロな音色に絹の表面を撫でるみたいなドリス・デイの歌唱が一生分の可処分所得を積んでも買えない高級ソファーに私を沈めます。
長い長いオープニング。そこまで叫び上げずとも!というくらいに金管が波打ちビブラートし強いうねりを楽団のフォルテに負けじと浮かべます。ハイハットのオープンサウンドがシー!っと倍音の描き込みを強めます。歌パートに入るとうそのようにしずまりかえり、まぁるい4ビートのダウンストロークでテシテシと軽くスムースな足取りでビートが進みます。
エンディングの「Sentimental Journey」を歌い上げてふわっといなくなってしまう結びはリンゴ・スターのカバーバージョンにはありません。そうか、こんな終わり方だったか。感傷旅行にはやはり未知の結末があるのです。それが故郷に癒しを求める旅だろうとなんだろうとね。
リンゴ版・ドリス版問いませんが、リードボーカルメロディーのおなじような旋律音程をうろうろする音形がなんともいかにも「感傷旅行」たるところ。ドキドキや刺激を求め挑戦する旅行ではないのです。ブルージーなんだな。記憶をなぞりながら、あれ?こんな感じだったかな。だいぶ古ぼけてしまったな(自分の記憶が)とか、景色が変わったなとか知覚して懐かしさと新鮮な刺激の両方を深呼吸で取り入れているみたいなフィールが名曲たるゆえんなのです。
青沼詩郎
参考Wikipedia>Sentimental Journey (song)、センチメンタル・ジャーニー (レス・ブラウン楽団の曲)、センチメンタル・ジャーニー (アルバム)
参考歌詞サイト JOYSOUND>Sentimental Journey
リンゴ・スターによる『センチメンタル・ジャーニー』解釈の確かな手助けをくれる佐藤達哉さんのnote記事>Ringo Starr / Sentimental Journeyへのリンク
『Sentimental Journey』を収録したRingo Starrのアルバム『Sentimental Journey』(1970)
『Sentimental Journey』を収録した『The Complete Okeh & Columbia Recordings 1940-1946』(2023)