私は『真夏の果実』を高校生のときにサザンオールスターズのベストアルバム『海のYeah!!』で聴いた。それよりも前にメディアへの露出で1度や2度や3度くらいは聴いて知っていたと思う。
それから大学生のときに手にした斉藤和義の『紅盤』でBONNIE PINKとのコラボーレションでカバーの『真夏の果実』を聴いた。
どんな風に調理しても美味しいのか、この名曲は。
稲村ジェーン
『稲村ジェーン』という映画があると知ったのは最近のこと。
岩崎良美『タッチ』やKinKi Kids、吉田拓郎『全部抱きしめて』の作詞者が康珍化だと知り、彼について調べていると『稲村ジェーン』という映画の脚本も担当しているとわかる。
その映画の監督は桑田佳祐。…エッ、映画も撮っていたとは。熱心なファンに「知らなかったの?」と呆れられるだろうか。
桑田佳祐は監督のみならず、音楽、サザンオールスターズとして主題歌も担当している。それが『真夏の果実』である。
サザンオールスターズの曲として広く知られている『希望の轍』も『稲村ジェーン』サウンドトラックに収録されている。厳密には名義が「稲村オーケストラ」であり、収録されている演奏への参加メンバーでサザンオールスターズオリジナルメンバーは桑田佳祐のみ。印象的なキーボードのイントロは小林武史。サウンドトラック『稲村ジェーン』の桑田佳祐との共同プロデューサーでもある。
真夏の果実
作詞・作曲 :桑田佳祐、言わずもがな。
なんとイントロからイイ感じなのか。編曲、キーボードに小林武史を迎えている。
聴き取れる楽器のトーンの種類が多い。ハープのようなトーンとグロッケンシュピールのようなトーンのイントロが印象的。ふたつが同時に鳴るとオルゴールの音色にも似る。低いところでアコーディオンのようなファゴットのような、リードを息や空気が震わせる系の楽器のサスティン音のようなものも聴こえる。チェロ等の重音じゃないよな? 正確にはわからない。ウクレレのストロークがコロンコロンと。もちろんストリングスも入る。ハープのグリッサンドも要所を華やかにする。何か特定の楽器というよりはシンセらしい音も入る。ティンパニーやチャイムの音も曲想を壮麗に。シタールを模したようなトーンがエスニックで哲学の宇宙的な広がりを思わせる。オルガンソロは華だ。
サウンドの幅広さは以上のようにすべてに言い及べないほど。この音楽のジャンルはいったいなんなのか? もちろんポップスでありボーカル音楽としてまとまっているのだけれど。サウンドメイクの豊かさをここまで調和させるのは並の技でない。ここにボーカル、ハーモニー、歌詞、メロディの魅力(果実)が「咲く」。
歌詞に印象的なフレーズがある。
“めまいがしそうな真夏の果実は今でも心に咲いている”
(サザンオールスターズ『真夏の果実』より、作詞・作曲:桑田佳祐)
「果実」に「咲く」という表現がフックになっている。「果実」に続けたくなる言葉は「〜がなる」だろうか。「咲く」の前には「花が」と置きたくなる。「果実が咲く」は発明ではなかろうか。どこにって、心に咲いているのだ。
この名曲は夏をモチーフのひとつにしているかもしれないけれど、1年中、それも特に冬に私は聴きたくなる。
“マイナス100度の太陽みたいに身体を湿らす恋をして”
(サザンオールスターズ『真夏の果実』より、作詞・作曲:桑田佳祐)
こちらも先述の部分同様、2番の平歌の歌い出し。あまりにも有名だろうか。「太陽」に「マイナス100度の」とつけるなんて。この落差が「寒さ」を感じさせる。単に「マイナス100度」とついたときよりも、「太陽」と続くからこそのこの落差が生まれる。だって、もともとマイナス○○度の環境にいると仮定したら、マイナス100度までの落差が小さくなっちゃうじゃない? 灼熱高温の象徴である「太陽」がつづくからこそ、この急速で劇的な落差を持った「寒さ」が生まれる。
メロディの反復
アウフタクト(はみ出し拍)の平歌。1拍半空けて起こり、次の小節にまたがるフレーズの反復。
Bメロも1拍半空けて起こる歌い出し。
サビは半拍、つまり8分休符1個空けて起こる歌い出し。
Aメロ・Bメロ・サビ、すべての部分が、「拍のアタマから始まらない」。
最初に「休符」があることで、すんなりと歌い出すための心の準備ができる。
「歌いやすさ」はカラオケヒットの要素でもあるはず。『真夏の果実』は間違いなくカラオケで愛されている。控えめに言って、メチャクチャ愛されている! すべてのポップソングの中でも最上位に入るだろう。
Aメロは「最初が休符」というよりは正確にはアウフタクト(最初の小節の前にはみ出す起こり)なのだけれど、1句目さえちゃんと歌い出せればそこから先は小節の頭に休符があるのと変わらない。しかもAメロのフレーズは反復のリズム形を多用しているから覚えやすいし間違いにくいだろう。
「小節のアタマ以外で始まる」のを「弱起」といい、「小節のアタマできっかり始まる」のを「強起」という。ちょっと私のように作曲をカジると、『メロかサビどっちかで「弱起」か「強起」を用いたら、用いなかった方をもう片方に採用する』というような考えをすることもある。
「Heart&Soul」「Love&Roll」と、サザンお得意の日本語&英字チャンポンが光る。しっとりとした曲調に最適量のスパイスを効かせている。
「この曲のどこがどうイイのかわからないけど最高だ」と思っていた。ちょっとゆっくりじっくり味わって思考してみると、ここまで述べたような発見があった。でもウンチク能書き無視で最高だ。
能書きたれついでに
桑田佳祐氏はおそらく、楽譜で音楽を考えない。感じて、気持ちの良い動機、流れを選び取っていると思う。その正直で誠実な感性が、この「『真夏の果実』を構成するパートすべて(A、Bメロ、サビ)を弱起にする」という結果を生んだと私は思っている。そしてそれは爆発的に受け入れられ、好まれ、この曲を不朽の果実たらしめた。私も好きだなぁ、この曲。
青沼詩郎
『真夏の果実』(アルバムバージョン)を収録した『稲村ジェーン』(1990年、同タイトル映画のサウンドトラック)
『真夏の果実』を収録したサザンオールスターズのベスト『海のYeah!!』(1998)
ご笑覧ください 拙演
青沼詩郎Facebookより
“サザンオールスターズ『真夏の果実』。ハープのような弦のトーン、ウクレレ、グロッケン、ストリングス、各種シンセ?…シタールみたいな音、アコーディオンみたいなぐあぁーっとくる低めの重音のサスティンは空気リード?それともストリングス? ベル、ティンパニ、間奏・後奏のオルガンソロ…サウンドメイクが緻密で幅広すぎる。この音楽は一体なんと言ったらいいの? 歌、コーラス、言葉のちからは言わずもがなで魅力の全部盛りか。1年中聴けて歌える永遠の真夏の歌。”
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