まえがき
天真爛漫なキャラクター、パーマに眼鏡のルックスが衝撃的。“Heart break hotel”などと歌う切なさに説得力が宿り、かえってキラキラしたポジティヴなエネルギーさえ生じているように感じます。 ノンクレジットですが作詞は売野雅勇さんと河合夕子さんの共作。ご著書『砂の果実』(著:売野雅勇)によれば、河合夕子さんのアルバム『リトル・トウキョウ』の歌詞は「言葉によるポップアート」といった趣向があるようです。 河合夕子さんの作品に出会うきっかけを私にくれたのは、AIDOの『恋の西武新宿線』でした。浜田省吾さんのリードをはなやかに彩る素敵なボーカルワークはどのメンバーの方のものか、とCD ブックレットなどたどると、町支寛二さんのものかと察せられ、町支さんについて検索すると河合夕子さん作品に携わっているという……という顛末で至ったのですが、河合夕子さんの諸作品における無尽蔵に思えるきらめきと希望的な歌声、楽曲のサウンドに大変魅了されました。
東京チークガール 河合夕子 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:河合夕子。河合夕子のシングル、アルバム『リトル・トウキョウ』(1981)に収録。
河合夕子 東京チークガール(アルバム『リトル・トウキョウ』収録)を聴く
せつなさも含めて楽しい!という陽気がくすぐったくてたまらない。どんなに湿っぽい気分でも、つい誘われてうふふと笑っちゃう。そんな楽しいワナ。足を踏み入れたらトリコです。いい匂いが出ているんだもの。
高い音程にフっとのぼる跳躍も生き馬の目を抜くように的確です。でも歌ウマをひけらかすような高慢はかけらもない。そのへんの路上でばったりあう同級生みたいな気さくさが全編を満たします。アイドルのような愛嬌がもちろんないわけじゃなく、語尻の一瞬のシャクリ下げというのか僅かなポルタメントのニュアンスにトロっとした粘度ももちろんあるのです。
演奏とアレンジがまたすばらしい。ブリッジのところのきびきびとしたベースの切りかた、高めのポジションの軽妙さに、バックグラウンドボーカルの浮かび上がるような歓び感ある描線がコンビネーション。ビーチ・ボーイズとか山下達郎さんとかを思い出させるサウンド。
カスタネットがカララっと鳴いたり、シンセのキラキラしたサウンドが短く的確にオブリやフィルインを入れてくる塩梅。左右にアコギのちゃきちゃきした華やかな音色が開き、臨場感とパンチのあるデシっとしたドラムとベースが中央の質量感を保証します。古楽器(チェンバロ)のような感じのきらびやかな響きも感じるのですが入っているのかわかりません。ピアノやアコギやシンセの合音に私が幻聴を覚えているのか。
エンディングで「常夏ココナツ……」のおまじないのリフレインが裸になり、都市の夜風に本音を吐露。かと思ったらオケが復活してどこまでこの夜は続くの? と思いきや、ブツっとラジオのスイッチを落とすみたいにフレーミングしてトラックが終わる。唐突な出会いや別れに満ちた都市に。夢見ちゃうよね。
「キンラメNightに踊ろうよ」とか「腰ふる星ふるキンラメFeelin’」とか、冷静に字面を見たら、その唐突で天真爛漫・お茶目がすぎるライミングに思わず笑ってしまいました。髪型だけじゃなく頭の中まで一回爆破しておいてから、目に留まった光る宝石の破片をコラージュするみたいな、気分で次々に思いついた曲を連投するDJみたいなフィーリングを感じる作詞ワークも含めて「楽しい」。香ばしいエンターテイメントなのです。そのチークの色は幸福や充足の予言だね。
青沼詩郎
河合 夕子 | ARTIST | Legendoor | レジェンドアへのリンク
『東京チークガール』を収録した河合夕子のアルバム『リトル・トウキョウ』(1981)
参考書
『砂の果実: 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々』2016年9月7日、朝日新聞出版から出た売野さんの著書。手に収まり携行しやすい河出文庫版(2023)が出ています。
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】切なくともポジティヴ 『東京チークガール (河合夕子の曲)』ギター弾き語り』)