おのぼり未体験

地方から上京してくると、東京の様相は、「今日はなんのお祭りか」と思う……という話を聞いたことがあります。特にお祭りではないのですが、たくさんの人が往来しています。それほどの人出を目にする機会は、上京前にその人が暮らした故郷では、お祭りのときくらいだったからそういう感慨が浮かぶのでしょう。あるいは、そのお祭り以上の人出が東京の通常営業なのか。

私は東京に生まれて、それから住み続けています。上京するという体験は未だないのです。

おなじように、東京に生まれて育ち、現住している友達と飲みながら話をしたことがあります。その友達の言葉はとてもニュアンスが奥深いので再現できませんが、私にそのときの話題を端的にいわせると、自分たち(その友達と私のような東京出身者)は、上京を経験できないことが「負い目」とまではいわないが、とてつもないエネルギーやモチベーションを生みうる状況・条件を欠損したフィールドにいるよね……というようなことです。

私は、そうかな、結局東京でやりたいことがあるなら、最初からいるか、あとからやってくるかの違いでしかなくて、得るものや失うものの総量は一緒なんじゃないかな? などと酔っ払いなりに持論を持ち出しもしました。

でも、東京に出てきた新鮮な驚き、価値観がひっくりかえるような衝撃を得ることはやっぱりないでしょう。もちろん、生きていれば、「上京」以外のことでそうした衝撃や価値観の革新を得る機会は数多あります。でも、上京でそれを感じることは、私やその友達のような東京生まれ・東京住みには難しい……ハナシがどうどう巡りしてしまいます。

故郷が地方にあって、東京に住み続ける場合、その理由といいますか、高い家賃を払ってでもそれをする目標や目的、いかに東京に居続けることがその人にとって必然であるかを問われ易いでしょう。夢のためとか言って、まだ来たり至ったりしていない理想を理由にするには、かなり実際にそのためにがんばっている主観と客観の真実が必要そうに思えます。それが、スゴいエネルギーやモチベーションを生むことは、私もつくづく思い至ることです。かなわないなぁ、と思わせるくらいに、強い行動力を発揮する「上京してきた人」は今も昔も、後に続いています。

東京ラッシュ 曲についての概要など

作詞・作曲:細野晴臣。細野晴臣&イエロー・マジック・バンドのアルバム『はらいそ』(1978)に収録。

東京ラッシュを聴く

渋谷の景色を思わせます。頭のうえに銀座線が浮かんで、ビルやら何やら人工物が360°を覆い、人、人、人。動くもの、静物、光るもの。バスが身をかすめるように迫ってはすれ違い、信号機は休むことなく目の色を変えて溢れんばかりの人を制動。交番にはなんの用か警官と話す人。

ピアノの音と、カドのまるいギターのカッティング。ドラムスは輪郭があって太く。ベースは描き込みと休符の対比が利いています。シンセの人工的なトーンが都市:東京を猛烈に思わせるゆえんです。モールス信号みたいな単音でツーツー……と恒常的なリズムを刻みます。電話を思わせるサウンドです。ラインなどのチャットアプリの通話では出会うことがなくなってしまった類の音かもしれません。私の心のなかに生きた東京、そこでの暮らしを思わせます。どこかにあるかもしれないまぼろし、みたいなことでいうと、はっぴいえんどの「風街」的な世界を感じもします。

ハイハットが左右に独立して1本ずつ、合計2本入っているように聴こえます。ちょっと珍しい手法ですね。パフッパフッと、間の抜けたようなラッパのコミカルな音が鳴ります。あれ、なんていう名前の楽器なんだろう。

アーウーっというBGV、“TOKYO RUSH”を唱えるBGVも右に左にひらきます。

音の様相、人工的なサウンド、その質量が私に目を覆うような都市の景観を思わせるのです。右から左まで、ナナメ前もふくめて満遍なく定位をつかっているような印象です。都市のミッチリ感、ごみごみ感よ。

演奏者の闊達な生演奏がファンキーです。細野さんのボーカルの肩の力の抜けた感じは「Theそれらしさ」。演奏が確かすぎて、モノクロ、あるいはデフォルメが効いたグレーっぽい色を感じますし、シンセやぽつねんとした単音の信号音みたいなサウンドと生演奏がマッチします。こういう色味を感じさせるのが、世界中に受け入れられる秘訣でしょうか。色味といいましたが、あるいは色味のなさであって、鑑賞者の色やイマジネーションを喚起するのです。言葉遊びも、洗練の灰色。行き交って、すれ違って去る他人の集合から成る日常のお祭りです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>はらいそ

参考歌詞サイト 歌ネット>東京ラッシュ

細野晴臣 公式サイトへのリンク

『東京ラッシュ』を収録した細野晴臣&イエロー・マジック・バンドのアルバム『はらいそ』(1978)

PARAISO

Haruomi Hosono and The Yellow Magic Band

ご寛容ください 拙演(YouTube @bandshijin『東京ラッシュ(細野晴臣&イエロー・マジック・バンドの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)