『若者のすべて』を私が知った時期
私がフジファブリック『若者のすべて』を知って大好きな一曲に加えたのは、たぶん2009年12月末以降だ。
「何か」話題になっていて、なんとなくレンタル屋さんに行ってフジファブリックの音源を手に取って聴いたんだったと思う。
『「何か」話題になって』という部分がなんなのかというと、たぶん、フジファブリックの亡くなったボーカリストでソングライターの志村正彦を悼んで、イベントで『若者のすべて』が演奏されたという事実を伝える音楽記事を私が目にした、とかそういうことだったんじゃないかと自分で理解している。詳しく覚えていないのだ。なんとなく、その頃にそんなようなことがあって、『若者のすべて』を知ったんだったと思う。
フジファブリックの存在自体は、それよりも前にテレビCMで知っていた。『FAB FOX』(2005)だったか、オオカミの面をかぶった被写体と音楽が印象的だった。こんなバンドいるんだなと思ったけれど、その頃すでに私はテレビCMで流れた音楽をその時期にすぐに手に取るようなことはしないというようなねじまがった謎のポリシーを持ったナマイキなガキだったので、CMをきっかけにすぐにフジファブリックを手元に引き寄せるようなことはしなかった。
CMで流れた印象的な曲は『FAB FOX』のトップ・ソング、ビジュアルの狼の面と結びつく歌詞や、おぼろげな私の記憶からして『モノノケハカランダ』だったと思う。標題の「モノノケ」を含んだ歌詞、上行跳躍が印象的なサビ。
そうして存在自体は知っていたフジファブリックを、きちんと手元に引き寄せて聴き始めたのが、先に述べたように、2009年末の志村正彦の逝去後だったのだ。それから私はフジファブリックを好きになった。『若者のすべて』を気に入ったし、他の曲もどんどん好きになった。
『若者のすべて』が私の心をとらえる理由
この曲の何が一体、私は好きなのだろう。
このことについて考えたのは初めてじゃない。いや、「考えようとした」のは始めてじゃない。
そのたびに、理由なんてよくわからないと思う。今の私には言葉で表現できないということなのかもしれない。あと、「理由の有無」によって何かを好きになるのではないことの証拠かもしれない。
歌詞 ヒラウタ
歌詞が好き。この歌詞は、幸せな歌詞なんだろうか? うまくいっている2人が描かれているのだろうか。これからうまくいくところなのか。これまでにうまくいっていた2人なのか。
共感できるようなできないような、普遍的なことを独自の言い回しで歌っている。
“真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた それでもいまだに街は 落ち着かないような気がしている”(『若者のすべて』より、作詞・作曲:志村正彦)
「〜テレビで言ってた」までは情報をキャッチしただけの主体。「〜落ち着かないような気がしている」は、主観。いや、その前に「真夏のピークが去った」という表現も、単に事実を述べたのでなく主観かもしれない。ただの事実の叙述でなく、すでにそこに何かの「感慨」があるような気がする。
“夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて 「運命」なんて便利なもので ほんやりさせて”(『若者のすべて』より、作詞・作曲:志村正彦)
と続く。「夕方5時のチャイム」は情景。「今日はなんだか胸に響いて」は主観的な感慨。「運命なんて便利なものでぼんやりさせて」はもやっとする。視界の透明度が下がった。この表現に独自性がある。それでいて、なんだか「わかる」気がしてしまう。「運命」を言い訳に用いる、という経験が私にあるからだろう。あなたにもあるのでは?
サビ 最後の花火
「最後の」と、花火を修飾する言葉。これが、この曲に叙情を持ち込んでいる。私はそれを猛烈に、過剰なくらいに感じてしまう。
「最後」なのは、歌詞を読むに「(今年の)花火」のことである。別に、歌詞に描かれる主体や私の何かが終わるのではない。それなのに、寂しい気持ちを煽る。
同じ空を見上げる僕ら
歌詞には二人称が出てこない。「君」とか「あなた」という単語はこの曲には見当たらない。それでいて、その存在を浮き彫りにしている。そこがまた、空虚なせつなさを私にもたらすのか。
かろうじて、歌詞の終尾付近に「僕ら」がある。そこに、まぼろしの二人称で語られるべき誰かが含まれているかもしれない。あるいは、含まないかもしれない。打ち上げ花火のように、ある時間存在して、今はもう目の前にないものかもしれない。そういう想像をゆるす歌詞。
「今はもう目の前にないもの」という私の想像と、志村正彦の逝去という曲の外側にある事実が相まって、私の心に追い風を巻き起こしている可能性がある。でも実は、それは曲の外側の事実とも言い切れない。
私も「曲を書くもの」の端くれだが、よく想像する。自分の葬式で、自分の曲がかかったらどんなだろうなと。残ったものたちにどんな感慨を与えるだろう?
それから、この曲が遺作になってもいいという気持ちでいつもやっている。せめてこの曲のミックスダウンを終えて、データを入れたCDRか何かのメディアに他人が見ても最低限わかる程度にタイトルや日付や自分の名前を書き込むくらいのところまでしたら、自分がいなくなってもごく身近な誰かくらいは聴いてみてくれるかもしれない。だからとりあえず、そこまでくらいは生きるのに執着したいという欲望がうまれる。
もちろん、その後も、なんだかんだでそんなことの連鎖で生き続ける欲望をだいたい保っているのだけれど。とりあえずのところ、今日まではなんとか少なくともそれで来ていて、この『若者のすべて』を聴いている。
僕らは、同じ空みたいな名曲を見上げているのだ。
青沼詩郎
『若者のすべて』を収録したフジファブリックのアルバム『TEENAGER』(2008)
ご笑覧ください 拙カバー
青沼詩郎Facebookより引用
“大好きなバンドの大好きな一曲。好きすぎて恐れ多くて手が出ない一曲。なのでむしろどうでもいいことを書こう。
志村正彦の出身地・富士吉田市は私の母方の祖父の出身地。歌に描かれる「花火」は河口湖の花火のイメージとも。
河口湖はアホみたいに通った湖。私はバス釣りが好きだったからだ。岸を釣り歩いて(「オカッパリ」して)湖周を踏破なんてこともやった(釣り目的半分、踏破目的半分みたいになってた)。だから湖岸の風景をほぼ一周なんとなくイメージできる。
東南側の河口湖駅に最も近い湖岸付近のボート桟橋や観光業のお店や宿泊施設があるエリア。大池公園や河口湖大橋(南側)。ニューブリッジキャンプ場。小型の船が岸に寄せてあるところ。八木崎公園の花畑を突っ切るか、ちゃんと岸辺をトレースするか。六角堂が沖に見える(低水位時に歩いて行ったことがある)。
ちょっとひっそりとした入江、宿泊施設の丸栄(通称丸栄ワンド)。溶岩の岬がまたあって通称さかなやワンド。また岬、ワンド、岬。釣りしない人は愛の鐘のある少し湖岸から高いとこにある歩道を行く。釣り人は湖岸を歩く。全域にいえるが水位によっては歩けないこともある。小海公園の芝で持ち歩いたパンやおにぎり食べてちょっと転がったり。トイレ行くならここが目玉。以降は期待しない。ここから先は奥河口の雰囲気。もう半周した気になるけど実際はまだまだだけど目立った観光施設がなくなるのでもの寂しくなる。俺、一周歩けんのかな? と(やめるならこの辺で引き返す)。
ここから先はだんだん歩くこと自体(踏破)に夢中になりがちで記憶も雑なまとめ方になるけど貴重な流れ込み(流れ出しだったかな?)がある。東〜南エリアは溶岩帯中心だけど砂利っぽくなるので歩きやすい。基本ひっそりしてる。アシ際も多く釣れるチャンスも濃い。クルクル回してぽんぽん行く系の疑似餌(スピナーベイト)を放っては回収。孤独と自然を謳歌している気分も高まりやすい。
北岸側に至ると通るものは車ばかり。きれいな弧状の入江。岬、また入江、岬と連続する。ずっと歩いてるガッツある感じの人はもうあんまいない。ボートでアプローチする人か付近のキャンプ場や車からスイっと来る人。釣りがおざなりになって競歩みたいに歩くの熱中になってることもある私。基本北側はそんな気持ち。
とにかく大橋(北側)を目指して鼻息を立てる。長崎公園付近は木が湖面にせり出していたりしてなんとなく風景が好き。この大きいワンドを征服すれば大橋。
南側とはまた違う大橋。インターチェンジや高架下みたいな雰囲気を味わう。北側の大橋は、湖岸と橋梁が沿っている部分が多い。そこをすぎるといよいよ東南側ワンドと共通の雰囲気になる。みやげや宿泊のお店、ボート桟橋の多い駅最寄りのエリアまであと一息。拓かれたところに「降りてきた」気分になる。
湖岸は虫が多すぎて息ができないくらいの年もあった。蚊柱みたいなものが常に顔面についてくるみたいな状態? あのときはだいぶ懲りたし参った。大学生になって以降はほとんど行かなくなっちゃったな。フジファブリックの話序盤で全然関係なくなっちゃった!”
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