多様な波を乗りこなす景観の接合
ステレオが2回線だとは到底思えない、壮麗でシームレスなサウンドが驚愕です。
多様なモチーフ、音楽的な語彙や局面・光景がテレビやラジオのチャンネルをザッピングするかのように刻々と移ろっていくのに、それでいて語彙と語彙、シーンとシーンがそれぞれにハグやキスを交わすかのように親密に接合しています。
調性の移ろいをみると、イントロの古の蓄音機から漏れ出たみたいな撥弦楽器の音色はAメージャー、ヴァースに入り本編はおおむねFメージャー、中間部で空気ががらっと変わるところはDメージャー、そしてもとのFメージャーに戻ります。エンディングはGood night, baby, Sleep tight baby…と繰り返し、フェイド・アウトで奇跡の音楽を永遠の輪廻に昇華します。
Wouldn’t It Be Nice The Beach Boys 曲の名義、発表の概要
作詞:作曲:Brian Wilson、Tony Asher、Mike Love。The Beach Boysのシングル、アルバム『Pet Sounds』(1966)に収録。
The Beach Boys Wouldn’t It Be Nice(アルバム『Pet Sounds』収録)を聴く
ででん! だだん! と、壮麗な空間演出の一因はティンパニやオケの音でしょうか。そもそもそうした、大勢の参加、それを許容する空間の音が込められていることによりこの奇跡の音響空間が成立しているようか。
たとえば、フィル・スペクターがつくった「ウォール・オブ・サウンド」の壮麗な音の秘密は、スタジオに立てた複数のマイク間の「音かぶり」が一因ではないかとの考察があります。この『Wouldn’t It Be Nice』のサウンドも、複数のパートがマイク間で干渉しているのかもしれません。あるいは単純に複数の楽器を同時にスタジオの中で鳴らすことによる、部屋のなかでの乱反射や楽器相互の干渉そのものが音のキャラクターを決めているのかもしれません。そもそもオーケストラの作品は交響曲などと日本語で言い表すくらいですから、空間のなかで交叉し響いているのです。
バーっと低音金管がうなります。が、ボーカルが波乗りする空間はちゃんとあいている。巨大な波が打ち崩れる中心に、奇跡の通り道があるのです。複数のボーカルの行き交う機微。リードボーカルのハイトーンもそれらと調和しています。
イントロの撥弦楽器はギターなのかなんなのか、まるでハープのような、古楽器のようなカドの丸い音をしています。中間部のDメージャー調に変わったところでも、イントロそっくりのこのサウンドが再現されます。イントロではAメージャーだったものが転生しているのですね。
Dメージャー調の部分を経ると、テンポが一度眠ってしまうかのように失速し……ヴァースの再現へ。調ももとのFメージャーに戻ります。よくお眠り、ベイビー……と愛の言葉のリフレインで意識も遠のく。そうか、これは子守唄だったのかしら。
青沼詩郎
参考歌詞サイト Musixmatch>Wouldn’t It Be Nice
The Official Website of The Beach Boysへのリンク
『Wouldn’t It Be Nice』を収録したThe Beach Boysのアルバム『Pet Sounds』(1966)