まえがき
フィル・コリンズも歌った『You Can’t Hurry Love』はスプリームスのカバー曲です。それぞれに違いますが、フィル・コリンズのカバーは原曲の特徴をよく映し取ってもいます。
フィル・コリンズのサウンドの話をすると、フロアタムのサウンドでしょうか、あるいはダムダムと轟く印象は極限までルーズな打面にチューニングにしたスネアだという逸話のあるスネアの特徴なのか。そしてサリサリとかろやかで颯爽としたタンバリンのサウンドが分割と2・4拍目の強調と輝きを担います。
原曲は実際に自分自身も若い女性像であるスプリームスが、母親に恋をあせるなと言われる構図を歌うので人格の属性が一致しますが、若い女の子……からすれば性別も違うし年長者のフィルが歌うとまた別の味わい。母親のいうことの深みが(経験則からしても)「分かってる」サイドからの包容力をまとうようにも思えます。そんな深みはともかく、楽曲のフィールは極めて颯爽としていて軽快です。
作曲作詞者名義のホーランド=ドジャー=ホーランドはブライアン・ホーランド、ラモン・ドジャー、エディ・ホーランドからなるソングライター/プロデューサートリオでモータウンのプロダクションチームであるとのこと。
You Can’t Hurry Love(恋はあせらず) 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:Holland-Dozier-Holland。The Supremesのシングル、アルバム『The Supremes A’ Go-Go』(1966)に収録。Phil Collinsによるカバーはシングル、アルバム『Hello, I Must Be Going!(邦題:フィル・コリンズ2 心の扉)』(1982)に収録。
Phil Collins You Can’t Hurry Love(恋はあせらず)を聴く
ノドに年季の入った感じのフィルのボーカルがホットです。そんな彼のボーカルと、ヴァースのところの、ドラムとベースとミャンミャンと軽く薄い感じのサウンドのエレキギターだけになるところがかえってぐっとリスナーの耳をひきつけます。
音の情報量の振れ幅、対比がすごい。ヴァイオリンなんかが非常に細かい動きをしますし、シロフォンだかマリンバだかのマレットパーカスもいるようですし、ピアノのサウンドもなんだかマレットパーカスの音と仲良しなのか似たような動きをします。フットワークの軽い、若い友人の行動や言葉がひらひらとぼやぼやしている私の頭の上を通り抜ける感じ。若いって冴えているなぁ。私はもう若くないのかなぁ。同年代の子らの活動量の多さをよそに、ひっそりと一人でいることを好むようなティーンエイジャーももちろんいることでしょう。
ミャンミャンと軽くて薄い感じのエレキの対比に、2・4拍目を鋭いサウンドで強調するエレキギターもいますね。若い子の中にもいろんなやつがいることの転写でしょうか。
恋を焦ってしまうのは、ほかのだれかに気になるあの人を奪われてしまう!というおそれからくる態度である、とも解釈できるでしょう。そんな望まない未来は嫌だから、自分は希望(恋)を手繰り寄せるべく行動を起こすのだ!という若い人の態度を、大人は焦りだとみるのかもしれません。
おそれ、不安を動機に起こす行動によって連れて来られる因果を経験することで、恋する心は愛に変態する準備ができるのです。
あれは馬鹿だったなぁと未来になってみると振り返って思えるとしても、そのときはそうすることが精一杯だったのです。結局、母親だろうとなんだろうとに何を言われても、本人が本当にそうしようと思ってした行動によって得られた因果がその人を成長させるものと思います……なんて、なんとまあ私はじじくさいのだろう……今からでも少し焦ってみてもいいんじゃないか。
The SupremesのYou Can’t Hurry Love(恋はあせらず)を聴く
歌声が甘くてくすぐったい。バックグラウンドボーカルの「フーゥ〜……」なんてのも甘くてでも清涼感もあります。
スネアのトーンは案外普通の張り具合ではないでしょうか。そこまで極端にルーズなチューニングにしているとも思えませんが、なんとなくアノ音でもってフィル・コリンズバージョンはアイデンティティを獲得して思えますから、人の抱く印象はなんでもそのまま映し取れば本家を想起させるとも限らなそうです。
マレットパーカスが左側にいて、右に、ミュートを装着したような感じのトランペットやらの管楽器が対にになっている感じです。
ミャンミャンいうエレキギターもなんだかくすぐったい甘い音色に思えます。チャっ!とアクセントするサウンドもみせるエレキギターの語彙をフィル・コリンズのカバーはよく映しとっているのが本家を聴いてもわかります。
焦ることなきようアドバイスしつつも、結局は「好きにしてみなさい」と受け入れる態度こそが大人から若い人への慈愛のまなざしなのでしょう。
青沼詩郎
参考Wikipedia>恋はあせらず、フィル・コリンズ 2:心の扉、スプリームス
参考歌詞掲載サイト 世界の民謡・童謡>恋はあせらず You Can’t Hurry Love 歌詞と和訳 アメリカのガールズ・グループ、スプリームスの代表曲 ゴスペルシンガーのDorothy Love Coatesの『You Can’t Hurry God』が元ネタになっている趣向に言及しており、「God」と「Love」を対比させたオマージュともとれるおかしみへの理解がわいてくる思いです。なるほど、神も恋や愛も不定形な観念ですから、真理がつながっているのかもしれませんね。
『You Can’t Hurry Love(恋はあせらず)』を収録したPhil Collinsのアルバム『Hello, I Must Be Going!(邦題:フィル・コリンズ2 心の扉)』(1982)
『You Can’t Hurry Love(恋はあせらず)』を収録したThe Supremesのアルバム『The Supremes A’ Go-Go』(1966)